消えない
渋谷駅地下モールにある小さな花屋がわたしのアルバイト先だ。こじんまりとしたお店のため、ここで働いているのは店長とわたし、そしてもうひとりだけ。
「おはよ、くん」
唯一の同僚は同じ秀尽学園高校に通う同級生、くんだ。彼が五月の終わりにこのアルバイトに応募してきてから一緒に働く同僚となった。彼にはいろいろな噂がある人で、店長から「新しいアルバイト」とくんを紹介されたときはかなり驚いた。しかし一緒に働いてみればどうということはない。勤務態度も真面目だし、会話をしていて怖いと思うことがないどころかよく気のつく優しい人とすら思う。というか、大きな眼鏡に真っ黒な癖毛、そして無口で猫背という姿勢のおかげでむしろ野暮ったいという印象すらあるほどだ。
くんがこのアルバイトに入って二ヶ月がたった今、わたしも特にくんを怖がることなくふつうの同級生として会話をしている。
「さん、ごめん。お客さん来てる」
「あっ、はーい」
花束作成で手が離せないくんの横を抜け、入り口で花を物色しているお客さんに声をかける。今日も花屋はなかなかの繁盛ぶりだ。
わたしが接客する横で、くんは無言で花束を作っている。視線を落としているせいか眼鏡が反射しており、その様子が彼の垢抜けない雰囲気を加速させている。黙々と作業を続ける彼は、手の中の花束とは正反対の、やはり野暮ったい印象だ。
「二人とも、お疲れさま。気をつけて帰ってね」
店長から今日の分のお給料をもらい、花屋を後にする。いつもはここでくんとはお別れだけれど、今日は二人ともセントラル街に用があるので並んで駅の中を歩く。
「くんは買い物?」
「買い物って言うか、ちょっとぶらつこうかと」
「わたしも」
くんと世間話をしながら地上への階段を上がる。強い日差しに目を細めると、出口でチラシを一枚もらった。
「なんのチラシ?」
「ゲームセンター。クーポンついてる」
セントラル街にあるコンビニとカラオケの間にあるこじんまりとしたゲームセンター。友人と何度か入ったことがある。クーポンはガンナバウトのプレイ回数が増えると言うもの。
「ガンナバウト……やったことある?」
「いや。ないな」
「せっかくだし行ってみない? 夏休みだし」
そう誘ったのはほんの軽い気持ちだった。同級生でアルバイト仲間のくん。こうやって縁があるのだし、アルバイト帰りに一度ぐらい一緒に遊んでみたいと思ったのだ。
「ああ。面白そうだ」
くんも頷いてくれたので二人でセントラル街へと入っていく。ファミレスの前を通り過ぎ、ほんの数段の階段を上りゲームセンターの中へ。夏休みでにぎわうゲームセンターは学生の声と機器の音で騒がしい。
クーポン券の効果もあってか、ガンナバウトは人気のようで数人が列を作っている。とりあえず今回はこのガンナバウトがお目当てなので順番を待つことにした。
「さん、よくゲームセンター来るの?」
「そこそこ。友達とプリクラ撮ったり……たまにゲームもするよ。くんは?」
「あんまり来たことないんだ。竜司は結構好きみたいだけど」
竜司というのは坂本くんのことだろう。校内でもよく一緒にいるところを見るからかなり仲がいい様子だ。
「あ、順番来た」
前の人が終わったのでわたしたちは筐体の前へ。コインを入れてゲームの準備を始める。ゲームセンターは友人が好きなこともあってよく足を運んでいるけれどガンナバウトは初めてだ。銃型のコントローラーを手に持ってみる。ゲームにしては意外と重量感があり、本格的な雰囲気に少々緊張感が走る。
「くん、だいじょう……」
ぽやっとしたタイプのくんは戸惑っていないだろうか。なんとなく心配になり隣を見る。
くんはいつものような猫背で銃型のコントローラーを手に取る。銃をじっと見つめた後、器用にそれを手の中で回し片手で構えた。その一瞬でくんの表情が変わる。いつものぼやっとした雰囲気から、瞳に鋭い光を宿した妖しい表情へ。妙に手慣れた手つき、真剣な眼差し。真っ直ぐにゲーム画面を見つめるくんは、普段学校で見せる垢抜けない様子とはまったく違う。百戦錬磨の勝負師のようだ。一瞬でいつもと違う雰囲気のくんに、目が離せない。
「さん?」
「へっ」
「ゲーム始まる」
「えっあっ、うん」
くんに気を取られていたらいつの間にかゲームが始まる直前だ。慌てて両手で銃を構えたところでゲームスタート。くんも第一ステージに入ってからはわたしと同じく両手の構えになったようだ。
2プレイが終了し、後ろで待っている人もいたので早々に筐体の前から移動した。くんは鞄を肩にかけるといつものような猫背に戻って、分厚い眼鏡の位置を直す。ゲーム直前の鋭い雰囲気とはまるで違う様子に人が入れ替わったのではと思うほど。
「お疲れさま。ほかもなにかやる?」
「あっ、うん、えっと……」
「? どうかした?」
「あ、いや……さっきのくん、いつもと雰囲気違ったなって」
ゲームを終えた今はいつものような緩い様子だから、先ほどのくんの雰囲気が余計に気になる。獲物を狩るような強い視線。本当にあれはいつも一緒にアルバイトをしているくん?
「くんって……ゲームすると性格変わるタイプ?」
「そういうつもりはないけど……」
「そう……?」
「そう見えた?」
くんは前髪を指でいじった後、唇を弧に描く。穏やかな笑みでもなければ優しい笑みでもない。先ほどの鋭い視線に似た、妖艶な笑み。わたしは思わず背筋をピンと張らせた。
「へっ、え」
「レースゲームがあいてる。やってみる?」
「えっ、あ、うん」
ゲームセンターの奥へと歩き出すくんはまた雰囲気をいつものものに戻す。後を追うわたしはというと、先ほどの獲物を刈るような目をしたくんのことが頭から離れなかった。
あれは本当にくん? 妙に胸が騒いで、なぜか胸がドキドキして、脳裏からくんの姿が消えない。