きみに似合う色を


※P5主が夢主の誕生日を祝う話です。誕生日の日付や時期はある程度ぼかしていますが、高二のP5主がルブランいる時期になっています。無理だと思ったらブラウザバックしてください。




 純喫茶ルブラン。以前雑誌にも取り上げられたことのある四軒茶屋の隠れた名店だ。チェーンのカフェとは違う雰囲気のあるお店は、高校生には少々敷居が高い。
 しかしクラスメイト、いや、恋人がそこに住んでいれば話は別だ。いつの間にかわたしはルブランの常連になってしまった。
「はい」
「ありがとう」
 カウンターから差し出されたカフェオレを受け取って、カップに口をつける。コーヒーの苦みの中にミルクと砂糖のまろやかさが交わる。苦いのはあまり得意ではないわたしのために、くんはいつもミルクと砂糖がたっぷり入ったカフェオレを作ってくれる。くんのコーヒー、おいしくて大好き。今朝いきなり「放課後ルブランに行っていい?」と聞いたのだけれど快諾してもらえてよかった。今日だけはどうしてもこのカフェオレを飲みたかったのだ。
 カップを一度テーブルに置いて、カウンター越しに作業をするくんの姿を見つめる。シンプルな緑のエプロンが彼によく似合っている。かっこいい、なあ。
「あ」
 じっと見つめていると、くんと目が合ってしまった。恥ずかしくなってうつむくと、惣治郎さんの小さな笑い声が聞こえてきた。
 くんとわたしはまだ付き合って一ヶ月もたっていないけれど、惣治郎さんはわたしたちが付き合っていることを知っている。知られたくないわけではないけれど、知られているというのも少し恥ずかしい。一気に顔に熱が集まってきた。真っ赤になっているだろう顔をなにかで押さえたい。ハンカチを取ろうと隣の椅子に置いた鞄に手を伸ばした、そのとき。
「わっ!」
 慌てていたせいで手がおぼつかなかったのだろうか、派手に鞄を落としてしまった。しかもこんなときに限ってチャックを半分ほど開けたままで、中身が床に散乱してしまう。
「大丈夫?」
 その様子を見たくんは拾うのを手伝おうとしてくれたのだろう、カウンターからこちら側に出てくる。
 あ、まずい。あれを見られたらくんに感づかれてしまう。慌てて「それ」を拾おうとしたけれど、もう遅い。
「これ」
「あ、えっと……」
「もしかして」
 くんが拾い上げたのはスクールバックに入るほどの小さな紙袋と、両手に乗るぐらいの大きさのピンクの紙で包装されたもの、同じぐらいの大きさのオレンジ色のリボンの巻かれた箱。誰が見たって一瞬でわかるだろう、これらがわたしへのプレゼントだということが。そして、クリスマスでもなんでもない日にプレゼントをもらったということは、それはつまり。
「今日、誕生日?」
 そう、今日はわたしの誕生日だ。
 おそるおそる頷くと、くんは大きなため息をついてうなだれた。
「言ってくれれば……」
「なんだお前、彼女の誕生日知らねえのかよ」
 惣治郎さんはカウンターからわたしたちの様子をのぞき込む。そんな彼に対してくんは気まずそうに首をかいた。
「あの、わたしが言ってなかっただけなので……」
 わざわざ誕生日を伝えるのも「祝って」とねだっているみたいだ。だから今日が誕生日だとくんに伝えてはいなかった。きっと気を遣わせてしまうとわかっていたから。
 もし誕生日が半年先のことなら話しやすかったとは思う。ただわたしとくんが付き合い始めたのはつい数週間前、聞かれてもないのに「もうすぐ誕生日なの」とはなんとなく言いにくかった。
「……なにか、欲しいものある?」
「えっ」
「今から用意できるものじゃ限られてるけど」
 くんはじっとわたしを見つめている。欲しいもの。そんなの。
「い、いいよだってコーヒー淹れてもらったし」
「そんなのいつも淹れてる」
 わたしの言葉にくんは間髪入れずに答えを返す。おそらく欲しいものを答えないとずっとこれが続きそうだ。けれど、そんなこと言われても本当に。
「でも、その……今日一緒にいられるだけで十分って言うか……」
 くんを好きになったとき、こうやって両思いになれるなんて思ってもいなかった。好きな人がわたしを好きだと言ってくれるだけで、誕生日に一緒にいられるだけで今は心がいっぱいだ。
「おい、ちょっとこっち来い」
 惣治郎さんがちょいちょいとくんを指で招く仕草をする。くんは少しばかり渋々といった雰囲気でカウンターの向こうへと行ってしまった。
 二人の会話が気になるところだけれど聞き耳を立てるのもはばかられる。わたしはおとなしく床に散乱してしまった鞄の中身を拾い集めた。
さん、コーヒー飲み終わったら上で待ってて」
「え? くんは」
「すぐ戻るから」
 くんはそう言うと慌てた様子でエプロンを外しルブランの外へと出て行ってしまった。きっとくんはわたしのプレゼントを買いに行ったのだろう。気を遣わせてしまったようで申し訳ない。
「本当にいいのに……」
 ぽつりと呟くと、惣治郎さんが「なあ」とわたしに呼びかける。
さんだって、今日がの誕生日だって言われたらなにかしたいと思わねえか?」
「それは……もちろん」
「な? あいつだって同じだよ。何かをした気分にさせてやってくれ」
 惣治郎さんにそう言われてしまったらわたしも頷くしかない。半分ほど残っているカフェオレに口を付けた。
「高二ってことは十七か?」
「はい」
「そうか。そら、たいしたもんじゃねえけどよ」
 おめでとさん、惣治郎さんはそう言ってチョコレートが入ったお皿を差し出してくる。ルブランのメニューのひとつの生トリュフだ。
「遠慮すんな、ちょっとしたサービスだ」
「そんな……」
「いいから」
 そう押されてしまっては拒むことなどできるはずもない。「ありがとうございます」と言ってチョコレートを口に含んだ。ココアパウダーの苦みのあとに、チョコレートの優しい甘さが広がっていく。惣治郎さんは「コーヒーとカレーが自慢」と言うけれど、ほかのメニューもどれもおいしい。ルブランは素敵なお店だ。
 コーヒーとチョコレートを頂いて、屋根裏に続く階段を上った。くんの部屋に入ったことはあるけれどそれは数えるほど。当然ひとりで入ったことなんてない。少し緊張しながらソファへ腰掛けた。くんはいつ戻ってくるのだろう。
「ニャア」
 どうしたらいいかわからずに前の棚を眺めていると、階段の方からモルガナちゃんの声がする。「どうしたの?」と聞くとひょいとモルガナちゃんが膝の上に乗ってきた。
「もしかして、お祝いしてくれてる?」
 ごろりと甘えるような仕草を見せるモルガナちゃんに問いかけると、「ナア」と高い声が返ってきた。きっと肯定の意だろう。
「ありがとうね」
 頭を撫でるとモルガナちゃんはごろごろと喉を慣らす。こんなにたくさん撫でさせてもらうのは初めてだ。
くん、なにくれるのかなあ」
 わたしの膝の上で香箱座りをするモルガナちゃんに語りかける。
「わたし、本当になにもいらないんだけど……くんと一緒にいられれば、それで」
 いい子ぶるわけでもなんでもなく、本当に心からそう思う。もっと長く付き合っていけば誕生日や記念日にあれがしたい、これが欲しいという欲が出てくるかもしれないけれど、今は隣にいられるだけで胸がいっぱい。
 友人たちからプレゼントをもらって、惣治郎さんからもチョコレートをサービスされて、モルガナちゃんもこうやってお祝いしてくれている。そしてくんが側にいる。これ以上何かを求めたら罰が当たりそうだ。
「ニャ」
 モルガナちゃんは突然立ち上がると、ひょいと膝から降りて階段を駆け下りて行く。行っちゃった、寂しいな、なんて思う間もなく古めかしい階段が軋む音がした。
くん」
 階段から顔を出したのはくんだ。「おかえり」という言葉が喉から出掛かったのを飲み込んだ。
「待たせてごめん」
 そう言ってくんがわたしに差し出したのは小さな花束。ピンク色が基調になったバラやガーベラのミニブーケだ。
「誕生日おめでとう」
 可愛らしい花束を前に、ぽかんと口を開けてしまう。花束? わたしに? プレゼントを買ってくると聞いたときは、もっとこう……お菓子とか、ハンドクリームとか、そういったものを想像していた。まさか花束を贈られるなんて。
「……やっぱりクサい?」
「えっ、あっ、違くて、その」
 くんは少し気まずそうに視線を外すから、わたしは慌てて花束を受け取った。
「びっくりしちゃって……」
 高鳴る心臓の音を聞きながら花束に顔を近づける。優しい甘い香りだ。
「うれしい……」
 じわりと涙が溢れてくる。一緒にいられればいいなんて言ったけれど、こうやってお祝いしてもらえるの、うれしい。しかもこんなとびきりのプレゼントで。
くん、ありがとう」
 胸がぎゅっと締めつけられて、ドキドキして、痛い。けれどとても心地いい。じわりと涙があふれてきて、指で涙を拭うとくんはその指と自分の手を重ねる。くんの顔が近づいて、唇が触れ合った。くんとのキスは、いつも優しい温度がする。
「惣治郎さんに花屋の場所教えてもらって……ちょっとクサいかなって思ったけど、喜んでもらえてよかった」
「うん……うれしい。ありがとう」
 何度お礼を伝えても足りない。うれしくてどうにかなってしまいそう。
 好きな人にお祝いしてもらえることが、こんなにうれしいことだなんて知らなかった。涙が出るほど嬉しくて、穏やかな温かい感情で心が満たされる。こんな幸せな誕生日、生まれて初めてだ。過ぎた幸せで、少し怖いぐらい。
「この色、さんに似合うと思ったんだ」
 くんはそっと花束に触れる。可愛らしい色合いの花束、くんにはわたしがこんなふうに見えているのかな。なんだかとってもくすぐったい。
「やっぱり似合ってる」
「そう、かな……ありがとう」
「うん、可愛いよ」
 その言葉に恥ずかしくなって俯くと、くんが手のひらがわたしの頬を包む。くんの手は大きくて、触れていると言いようのない安心感に包まれる。
 くんの指がわたしの唇をなぞり、誘われるように再び唇が触れ合う。
「同じ色だ」
 何が、そう聞く前に腕の中の花束の色を見て悟る。きっとわたしの頬はこれを同じ色に染まっている。
 もう少し近くにいたくて、くんの肩のあたりに顔を寄せた。くんはそっとわたしを抱きしめてくれる。
「好き……」
 普段は恥ずかしくてあまり言えない言葉が自然とこぼれる。好き。くんが好き。くんが好きで幸せ、くんがわたしを好きでいてくれて幸せだ。
「俺も好きだよ」
 くんはもう一度わたしにキスをする。唇を離してもう一度、二度、三度。
 心臓がうるさいぐらいに鳴る。何度もキスをするのは恥ずかしい気持ちもあるけれど、今は好きだという気持ちのほうがずっとずっと大きい。
 くんが好き。大好き。何よりも誰よりも、好き。
 どうしよう、こんなに幸せで、いいのかな。