恋のキューピッド
「あれ……」
渋谷の街を歩いていると、道の端で顔をなめるモルガナちゃんを見つけた。周囲を見渡してもくんはいない。モルガナちゃんひとりのようだ。
モルガナちゃんはクラスメイトのくんの飼い猫だ。いや、猫ではない。猫というとモルガナちゃんは怒るので、猫とは言わないようにしている。
とにかく、モルガナちゃんはいつもくんと一緒にいる。それなのに今はひとりのようだ。
「こんにちは、モルガナちゃん」
屈んでモルガナちゃんに声をかけると、モルガナちゃんは顔をなめるのをやめてエジプト座りでこちらに顔を向けてくれる。
「にゃーう!」
「くんはどうしたの? 用事?」
「ふにゃ」
モルガナちゃんはこくんと縦に首を振る。どうやらわたしの問いかけ通りのようだ。
モルガナちゃんってとっても不思議だ。見た目は間違いなく猫なのに、わたしの言葉を理解している。それどころか、くんとは至って普通におしゃべりしているようにすら見える。実はくんとモルガナちゃんは本当にお互いの言葉を理解していたりして。……なんてね。
「わたしはね、友達と待ち合わせなの。友達、バイト長引いているみたいで、まだ来られないんだけど」
「にゃう!」
モルガナちゃんは元気よく鳴くと、すぐ近くの公園へ向かう。ちらちらとこちらを振り返るから、どうやらわたしのことを誘っているようだ。
モルガナちゃんが公園のベンチに座るから、わたしも隣に座る。「撫ででもいい?」と聞いたらモルガナちゃんはわたしの膝の上に乗ってきた。これはOKのサインだ。
「モルガナちゃん、ふわふわ」
「にゃ~」
モルガナちゃんは気持ちよさそうな声を出すと、リラックスしたのかしっぽをのんびりと左右に振り始める。
モルガナちゃんって本当に可愛い。ずーっとこうやって撫でていたいなあと思う。
「くんはずっとモルガナちゃんと一緒なんだよね。いいなあ」
「ンニャ?」
「……ね、モルガナちゃん」
わたしは辺りを見渡し、見知った顔がいないのを確認して次の言葉を口にする。
「くんって、どんな子が好きかな」
「にゃ?」
わたしの頭の中は、最近はそのことばかり。くんって、どんな子が好きなのかな。もしかしたらもう好きな子がいるのかな。この間恋人はいないと言っていたけれど。いつもくんと一緒にいるモルガナちゃんなら知っているかな、なんて思ってつい聞いてしまう。
「くんが優しい人だから、優しい人が好きかなあ」
「にゃう」
「もし年上好きとかだったらどうしよう……どうもできない……」
「ふにゃあ~」
くんはどんな子が好きなのだろう。くんがわたしを好きになってくれたら、それはとてもとても嬉しいのだけれど。ううん、嬉しいなんてものではない。きっと幸せで泣いてしまうだろう。
「にゃ!」
モルガナちゃんは耳をピンと立てると、軽やかに地面へと降りる。どうしたのだろうとモルガナちゃんが降りた先を見ると、そこにはくんの姿が。
「さん。モルガナと遊んでたの?」
「あ……っ、う、うん」
どうしよう、今の会話、くんに聞かれてしまっただろうか。心配になるけれど、くんはいつもの表情だから、きっと聞かれてはいないのだろう。……たぶん。
「くんはなにか用事?」
「ああ。竜司とちょっと。さんは?」
「わたしは今から友達と待ち合わせなの」
「そっか。じゃあ、また、学校で」
くんはモルガナちゃんを鞄に入れると、駅のほうへと去っていく。
……モルガナちゃん、くんにはさっきの話、言わないよね。……いや、そもそもモルガナちゃんは喋られるわけではないのでそんな心配は無用のはず。でもやっぱりモルガナちゃんとくんはおしゃべりできるように見えるなあ……。
*
「モルガナ、さんとなに話してたんだ?」
と別れた後、がワガハイにそう問いかけてきた。
「話すって、あいつはワガハイの言葉わからねえぞ」
「まあそうだけど」
ま、もし本当に話してたとしても、さっきの会話をに話すわけねえぞ。ワガハイ紳士だからな!
「……なあ、ところで」
「ん?」
「オマエ、どういう子が好みなんだ?」
秘密は秘密、だけれどこれはこれで気になる。の肩に前足をかけて、ずいと詰め寄る。
「突然だな」
「いいじゃねえか別に」
「んー……」
は立ち止まると、つま先で地面をとんとんと叩く。こいつのいつもの癖だ。
「モルガナ、わかってるだろ」
「ニャッ」
は視線だけワガハイに向けて、じっとこちらを見つめる。
その言葉の通りだ。勘のいいワガハイは、の好みのタイプ――もとい好きな相手が誰かぐらいわかっている。
ワガハイの言葉が通じないのがわかっていてもなんの話をしていたか気になる、なあ、オマエが好きなのは、だろ?
「告白しないのか?」
「それはタイミングもあるから」
なるほど、タイミングか。まあワガハイも告白するならシチュエーションや雰囲気を大事にしたい気持ちもわかるぜ、。ただ、見ているこっちとしては少しばかりやきもきもする。早くくっついちまえばいいのに、って。
「さんには言うなよ」
「だからワガハイの言葉わかんねえだろ。それにワガハイの口はそんなに軽くないぜ?」
「ああ、そうだな」
ま、世話になってる身だ。オマエのこと応援してるぜ、。