どこへ行こうか
文化祭二日目も終わりに差し掛かった頃、ポケットの中のスマホが震えた。くんからのチャットだ。
『まだ忙しい? 少し会えたらと思って』
その言葉に心がふわりと温かくなる。
くんはつい先日から付き合い始めたわたしの恋人だ。この文化祭の間、わたしは委員会の仕事が忙しくてくんと回る暇はほとんどなかった。その作業を終えた今、このせっかくのお誘いに乗らないわけにはいかない。
『もう大丈夫だよ!』
『よかった。体育館で待ち合わせしよう』
くんからの返事を見て、わたしはすぐに教室を出た。人混みを抜けて体育館へ急ぐと、体育館前の渡り廊下にくんの姿が見えた。
「くん!」
「さん。もう大丈夫?」
「うん。これから後夜祭だよね?」
文化祭を締めくくる後夜祭は体育館で行われている。開いた扉から中の様子をうかがうと、すでに後夜祭は始まっているようだ。
「忙しいって聞いてたけど、少しでも一緒に文化祭楽しめたらって思って」
体育館へ入りながらくんが漏らした言葉に、わたしは胸を高鳴らせた。
「わたしも!」
今年の文化祭は去年とは違い、少々騒がしい中で行われた。平日開催にも関わらず外部からは多くの一般客が訪れていたし、私服警官もいるのでは、なんて話すら持ち上がったほど。そんな重苦しい雰囲気の中ではあるけれど、お祭りはお祭り。くんと一緒にお祭りの雰囲気を楽しめたら。ずっとそう思っていた。
「では次は毎年恒例、秀尽生の主張! 拍手~!」
体育館に入ってすぐ聞こえてきたのは壇上の男子生徒の軽快なアナウンス。その軽やかな声とは裏腹に、会場の拍手はまばらだ。
「こんなのやってるんだ」
「毎年やってるらしいよ」
わたしも去年のことしか知らないけれど、壇上に上がってなにかを主張しようと言う生徒はほとんどいないのでなかなか盛り上がりにくいイベントではある。しかしどうやら先生たちの一押しらしく、いつの間にか毎年恒例になっているのだとか。
「どなたか主張してくれる人! いらっしゃいませんか~? こちらからご指名しちゃいますよ~?」
「あ、指名にするんだ。立候補なんてしにくいもんね……」
「確かに」
くんと顔を見合わせてくすくすと笑っていると、司会の男子生徒がこちらに向いた。
「そこの女子! 壇上までお願いします~!」
「えっ」
明らかに司会はこちらをさしている。念のため周囲を見たけれど、女子はわたしひとりしかいない。
「わ、わたし?」
「みたいだ。……大丈夫?」
「え、えっと……」
大丈夫か大丈夫でないかと聞かれたら大丈夫ではないのだけれど、思い切り指名されて断ることができる雰囲気ではない。司会に重ねて「お願いしま~す!」と言われてしまったので、わたしは仕方なく頷くことにした。
「頑張って、骨は拾う」
「もう……!」
くんのからかうような言葉に唇を尖らせつつ、わたしは壇上へ向かう。後夜祭の参加人数はあまり多くないと思っていたけれど、ステージの上から見ると会場内の人の数はなかなかのものだ。こ、これはちょっと緊張してきた……!
「お名前は?」
「えっと、です……」
「さん! なにか主張したいことはありますかー?」
「主張……特には……」
突然主張したいこと、なんて言われても思いつかない。怪盗団のことや校長先生、鴨志田先生のことなどで心に淀みはあるけれど、この場で言いたいことなんて。
「本当ですか~? 好きな人に告白とか、そういうのもありませんか?」
「えっ!?」
思ってもいなかった司会の言葉に、わたしはあからさまに動揺してしまう。
「おっこれはいい反応ですね? これは告白したい相手がいるのでは?」
「い、いや、別にそんなことは」
「せっかくなのでこの場で思いを告白してみては? 相手の名前は伏せても構いませんよ!」
「え、ええと……」
いやいや、告白もなにもわたしはもうすでにくんとは恋人同士なわけで。直接想いは伝えているのだからここで伝える必要はないわけで。でも想いを伝える相手なんてくん以外にいるわけがなくて。そもそもこんなところで告白するなんて。
頭を混乱させていると、最前列に座っていたくんが立ち上がるのが視界の端に映った。
「今度デートしてくださーい!」
「えっ!?」
突然飛んできたくんのその言葉に、わたしは思い切り声をあげてしまった。わたしの大声がマイクを通して体育館中に響きわたる。
デートって、デートって!? 混乱していると司会がさらに突っ込んでくる。
「今の、あそこの彼からみたいですけど?」
「え、え……」
「お返事はどうされますか?」
返事、返事!? くんとのデートの、返事!?
「い、行きます!」
思わず大声で返事をしてしまった。マイクを通して体育館中に響いたわたしの答えに、わっと観客の歓声が上がった。
あれ、もしかしてとんでもないことを言ってしまったのでは!?
「まさかの乱入にまさかの答え! これは盛り上がってまいりましたね~! さん、今の彼とはどんな関係で?」
「関係って……!」
「アララ、真っ赤ですね~! でも僕は紳士ですから、女の子をいじめるのはしのびないッ! みなさん美人の赤面堪能しましたか? さん、ありがとうございました~!」
司会の案内に従ってわたしは壇上から降りる。出迎えたくんが「出ようか」というので、一緒に体育館を出た。体育館の出口までを歩く道のりも、心なしか注目を集めていたような……。
くんに連れられてやってきたのは屋上だ。もう日が沈みほの暗くなったそこで、くんが小さく口を開く。
「ごめん、かえって注目集めたかな」
「う、ううん……助けてくれたんだよね」
くんはステージ上で動揺するわたしを見かねて、自分に注目が集まるよう助け船を出してくれたのだろう。……まあ結局、わたしが大声で返事をしてしまったのでわたしも大注目を浴びてしまったのだけれど。
「まさかあそこで返事すると思ってなかったけど」
「だってその……嬉しかったから」
まだわたしとくんは付き合って間もなく、恋人同士になってからふたりで出かけたことはない。デート、という単語は動揺したわたしの思考でも、ただの助け船だとわかっていても、それでもなお眩しさをもって響いたのだ。
「不意打ちだ」
「え?」
くんは小さな声でつぶやくと、くいと右手で自身の眼鏡の位置を直す。厚い眼鏡と暗がりで表情はよく見えない。
「……デート、どこにする?」
「えっ?」
思わぬくんからの問いかけに、わたしは思わず声を上げてしまった。
「……冗談じゃなかったの?」
「まさか」
くんはいつものように前髪を右手でいじると、優しい口調で語り出す。
「助けようと思ったのも本当だけど、デートしたいのも本当」
そのくんの言葉が、わたしの心に優しく沁みていく。くんもわたしと同じ気持ちだったこと、それがとても嬉しい。
「……もう学校閉まるな。帰ろうか。送ってく」
「う、うん」
「帰りながら、どこ行くか話そう」
「うん!」
くんの言葉に元気よく返事をすると、くんはふっとはにかんだ。
ねえくん。わたしたちの初デート、どこへ行こうか。