レンズの向こう



 最近くんはふたりきりのとき眼鏡を外す。どうやら伊達眼鏡らしく、外しても問題ないらしい。わたしが初めてくんに会ったのは彼が秀尽に転入してきたときだから、今まで眼鏡をかけているくんしか知らなかった。
さん、眼鏡好きなの?」
 隣に座るくんはコーヒーカップを机に置いて、苦笑しながらそう言った。
「え? なんで……」
「眼鏡外してるとき、あんまりこっち見てくれないから」
 その言葉に、「あ」と口を開けてしまった。だってそれは図星だったから。
 くんは口元こそ笑みを携えているけれど、その表情は寂しげだ。当然だろう、恋人から顔を背けられているのだから。
「ちが、違うのその」
 自分のカップを握りしめながら、慌てて言葉を紡いでいく。
「顔見たくないとかじゃなくて、眼鏡外してるところ、慣れないって言うか……」
 くんの掛けている眼鏡は黒縁でレンズが大きいものだから、眼鏡をかけているときと外しているときではずいぶん印象が変わる。今までレンズに隠れて見えなかったくんの鋭い瞳が、はっきりと見える。
 くんの綺麗な顔が、はっきりと見える。
「か、かっこよくて真っ直ぐ見られないっていうか……」
 眼鏡をかけているときのくんもかっこよくて、それはどうにか慣れてきた。なのに今度はこうやって眼鏡を外して印象を変えたくんが目の前にいて、真正面から顔なんて見られるわけがない。だって、かっこいいんだもん。
「あ、あの、くん……?」
 ”かっこいいから顔を真っ直ぐ見られない”なんて、言うのも結構勇気が必要だったのだけれど、くんはなにも言わない。無言というのも羞恥を煽るもので、うんとかすんとか言って欲しい。うつむいたままちらりと目線だけを上げると、視界の端に目をまん丸くしたくんの姿が見えた。すると、今度は全面にくんの顔が視界に入ってくる。
「わっ!?」
 思わず後ろに飛び退いたけれど、追いかけるようにくんの顔がまた近づく。綺麗なくんの顔が、目の前にある。逸らしても逸らしても目の前にやってくる。
「お、面白がってる……!?」
「いや?」
 口では否定しているけれど、くん絶対楽しんでる。弧を描いた唇がその証拠だ。
くんずるい……」
 どうしようもなくなって、両手で顔を覆いながら言葉が漏れる。
 ずるい。くんはずるい。両思いのはずなのに、こうやってからかわれて、わたしばっかりドキドキしている気がする!
「ごめんごめん」
「うう……」
「もう無理に見ないから」
「……本当?」
「本当」
 おそるおそる両手を外すと、今度はくんの大きな手がわたしの目を覆う。視界を塞がれるかたちになって心臓が跳ねた次の瞬間、唇に感じたのは甘い感触だ。
 眼前のくんの手が外されて、視界が広がる。先ほどと違って少し離れたところにくんがいる。穏やかな微笑みを携えたくんの顔がどうしようもなくかっこよくて、わたしはまた両手で顔を覆ってしまった。