夏のきらめき
四軒茶屋駅から少し離れた小さな神社に、夏祭りの喧噪が響きわたる。
夏休みも半ばに差し掛かった八月中旬。わたしは夏祭りが行われている神社の前で、浴衣姿で一人ぼんやりと立ち尽くしている。
「はあ……」
あれはほんの五分前のこと。駅から神社までの道を友人と歩いていると、彼女のスマホが鳴った。彼女の気になる相手から、「急なんだけど、お祭り一緒に行かない?」と連絡があったのだ。「どうしよう」と慌てる彼女に「行ってきなよ!」と強く背中を押して彼女の背中を見送ったはいいものの、私も気合いを入れて浴衣まで着たのでお祭りの会場の神社まで来てしまった。
あの子、いいなあ。わたしもくんと一緒に来たかったな。わたしはスマホのチャットアプリを起動して、くんとのトーク画面を見つめた。
クラスメイトのくんとは、六月の下旬から話すようになった。わたしも猫が好きだから、くんが連れている猫……モルガナちゃんがきっかけで話すようになったのだ。いろいろな噂のあるくんだけれど、話してみればなんてことない、ふつうの……ううん、優しい人だった。
くん、誘えばよかったな。用件がないとわたしから連絡できなかったけれど、勇気を出して誘えばよかった。
どうしようかな、せっかく神社まで来たし一周していこうかな、かき氷ぐらい食べていこうかな。わたしはじっとお祭りの様子を見つめた。
「ねえ、お姉さん一人?」
その声にぱっと顔を上げると、二人の大学生くらいの男性が立っていた。
「一緒に遊ばない?」
にやにやした表情で放たれた言葉に、あ、これナンパだと気づいた。
どうしよう。ナンパなんてされたことない。なんて断ればいいんだろう。
「い、いえ、あの……」
「浴衣で一人なんてナンパ待ちっしょ? 俺らと回ろーよ」
「え……っ」
一人の男性がずいとわたしに近づいてくる。わたしは思わず一歩下がった。
どうしよう。怖い。どうしよう。戸惑っていると、わたしと男の間に一人の人間の影が入る。
「くん!?」
入ったのはクラスメイトのくんだ。え、え、幻!?
「ごめん、待たせた。行こう」
「えっ」
「ほら」
くんがわたしの手をつかむと、そのまま神社の中へと歩き出した。わたしは慌てながら、必死にくんに合わせて足を動かす。
今目の前にいるのはくん? 本当に? 本物? 夢じゃなくて?
戸惑ううちに、神社の奥まで入ったところでくんが立ち止まった。
「ごめん、突然。困ってたみたいだから、つい」
くんは手を離すと、バツが悪そうに頬を掻いた。
「う、ううん。困ってたから助かったよ。ありがとう」
「さん、一人?」
「うん。友達と待ち合わせしてたんだけど、友達はちょっと急用で……。くんは?」
「俺も友達と来てたんだけど……」
くんはちらりと見る方向には金色の髪の毛が見える。きっと坂本くんだろう。
「ごめんね、邪魔しちゃったね」
「いや、大丈夫。祐介もいるし」
「? ゆうすけ?」
「ああ、三人で来てるから向こうは放って置いても平気」
平気? なにが? 首を傾げていると、くんはじっとわたしを見つめた。強い瞳に、わたしは大きく心臓を高鳴らせる。
「二人で回らない? って誘ってる」
「え!」
くんの突然の誘いに、わたしはぴんと体を硬直させた。え、え、一緒に? くんと!?
「え、え、いいの? だって……」
「俺は一緒に行きたいって思ってる」
戸惑うわたしに、くんは言葉を重ねてくる。そんな、そんなの、わたしだって。
「わ、わたしも!」
わたしもくんと行きたい。くんとお祭りを回りたい。このチャンスを、絶対に逃したくない。
「わたしも、一緒に行きたい!」
「よかった」
くんはふっと表情を綻ばせる。安心したような優しい微笑みに、わたしも頬を緩めた。
くんと夏祭りを回ることができるなんて、夢みたい。本当に? 実は全部夢なのかな。くんにバレないように自分の手の甲をつねってみたけれど、痛い。夢じゃないみたいだ。
「最初に見たときから思ってたけど」
「は、はい!」
ぐるぐる考えていると、くんがじっとわたしを見つめた。まっすぐな瞳に、わたしの心臓は大きく跳ねる。
「浴衣、似合ってる」
甘い言葉に、わたしの心は大きく震える。あんまりにも嬉しくて、涙が出そうになってしまう。どうしよう、こんなに幸せでいいのかな。
「あ、ありがとう……」
「ん。行こうか」
「うん!」
高鳴る鼓動を感じながら、わたしはくんと並んで神社の中へと入っていく。
お祭りの飾りが、きらきらと輝いていた。