大きさくらべ




 放課後、くんに誘われて四軒茶屋の映画館に行くことになった。お目当ての映画が始まるまでの時間つぶしとしてやってきたのはくんが住むルブランだ。店内にいたのはマスターひとりだけ。その惣治郎さんもわたしたちが来てすぐ「店番頼む」と言って買い出しに行ってしまった。
 くんはカウンターの中に入り、手慣れた様子でコーヒーを淹れていく。くんのはブラックのブレンド、わたしのは甘いカフェオレだ。
「はい」
「ありがとう」
 カウンター席で差し出されたカップを受け取って口をつけると、甘みとほんのちょっとの苦みが口の中に広がっていく。苦いのは苦手だけれど、くんの淹れてくれるコーヒーは好き。
「おいしい?」
「うん。ありがと」
「よかった」
 くんはわたしの隣に座ると自分の分のカップに口をつける。同じコーヒーカップのなのに、くんが持つとわたしのよりずいぶん小さく見える。
くん、手大きいんだね」
 ふと、そんな言葉が口をついて出た。
「そう?」
 くんはカップを置き、首を傾げながら手を握ったり開いたりしてみせる。今まであまり意識してこなかったけれど、こうして見るとやっぱり大ききな手だ。なんというか、男の子なんだなあ。
「やっぱり大きいよ」
「そう? ……比べてみる?」
「えっ」
 くんは言いながら手のひらをこちらに向けて左手を出す。わたしが戸惑いの声をあげても引く様子はない。……これは、比べないといけない様子だ。
「う、うん」
 おそるおそる、くんの手のひらに自分の手を近づけた。あ、どうしよう。緊張、する。
 くんとわたしは付き合ってはいるけれど、付き合い始めたのは三日前。まだ手を繋いだこともないのだ。今、初めてくんと自分の手が、触れ合う。
 あ、やっぱり大きい。一回りどころか二回りぐらい大きい。ぴんと指を伸ばしてもくんの指先は遠い。それに関節もごつごつしてて、指の太さもわたしとは全然違う。なんというか、男の人、なんだなあ。
「や、やっぱりくんの手、大きいね」
 なんだか恥ずかしくて誤魔化すように笑ってみたけれど、くんはクールな表情を崩さない。じっとわたしを見つめたままだ。
「ほ、本当大きいね、よくわかっ……、!?」
 合わせた手を引っ込めようとしたら、くんがわたしの手を力強く握った。指と指を絡めた恋人つなぎの格好だ。あまりに突然の出来事に、一気に顔に熱が集まった。
「え、あの、くん?」
「うん」
「え、えっと……」
 くんはまっすぐわたしを見つめている。その視線も繋がれた手も、どうしようもなく恥ずかしくてわたしは思わずうつむいてしまう。
 あ、まずい。手、汗かいてきた気がする。でもくんの力は強くて手を離せる気がしない。いや、離したいわけではないけれど。
「……さんの手、小さいな」
「え、あ……」
「……可愛い」
 小さく呟いたくんの言葉が静かな店内に響いた。可愛いって、可愛いって言った? わたしのことを? はっと顔をあげるとくんは変わらずじっとわたしを見ている。眼鏡の奥に見える鋭い目線に、目が離せなくなってしまう。
 どうしよう、わたしの顔、今きっと真っ赤だ。どれだけ待ってもこのままじゃきっと熱は引かない。
 くんの指が、わたしの手をくすぐるようになぞる。ひゅっと小さく体を捩った、その瞬間。
「遅くなって悪ぃな、戻ったぞ」
「ひゃっ!?」
 ルブランの扉が開き惣治郎さんが入ってきた。突然の帰宅に驚きすぎて、わたしはイスからひっくり返るように落ちてしまう。
「おいおい、どうした?」
「す、すみませんびっくりしちゃって……」
「大丈夫?」
 思い切り落ちたのでちょっとお尻が痛いし、落ちたときの反動で繋がれた手が離れてしまった。くんもまさかわたしがイスから滑り落ちるなんて思いもしなかったのだろう、焦った表情でイスから立ち上がる。
「だ、大丈夫……」
 イスに手をかけ立とうとすると、くんはその手を握ってぐいとわたしを引っ張り上げた。触れ合った手から、少し引いていた熱がまたぶり返す。
「この様子じゃほかに客は来てねえな」
「は、はい」
「そろそろ映画の時間だ」
 くんは腕時計で時間で確かめる。あれ、いつの間にかもうそんな時間。
「片づけはいいから行ってきな。遅れたらもったいねえぞ」
「すみません、ありがとうございます」
「じゃあ、行ってくる」
 くんは隣のイスに置いていた鞄を持ってわたしの手を引いてルブランを出た。握られた手が、熱い。
「あの、くん、手……」
「もう離す気ないから」
 くんは力強い声でそう言った。それと同時に手を握る手も強くなる。わたしもなに言わなくちゃ。頭を必死に回転させながら、唇を震わせながら必死に言葉を紡ぐ。
「わ、わたしも!」
 ぎゅっとくんの手を強く握り返す。わたしだって、この手を離したくない。
 くんは一瞬驚いた顔をした後、すぐにふっと微笑みを浮かべる。その表情があんまりにも綺麗で、また頬に血が集まっていく。
「行こう」
「う、うん」
 手を繋いだまま、すぐそこの映画館までの道のりをふたりで歩く。くんの大きな手が、わたしの手を包んでいる。
 どうしよう。手が、顔が、全身が、熱い。