ポッキーゲーム
くんと付き合い始めて約三週間。一緒に帰るときは手を繋いだり、ふたりきりのときはそっとキスをしたり。最初は戸惑ってばかりだった恋人同士という関係性にも、少しずつ慣れてきたように思う。
今日は学校帰りにルブランへやってきた。今は二階でくんがコーヒーを淹れてくれるのを待っている最中だ。付き合う前から何度かお邪魔しているこの部屋は、わたしにとってもすっかり落ち着く場所になった。
「さん、お待たせ」
「ありがとう」
二階へ上がってきたくんはテーブルの上にコーヒーを置く。ふわりと温かなにおいが漂ってきた。
「あ、そうだ。くん、ポッキー食べる?」
今日は十一月十一日、ポッキーの日だ。友人たちと食べようと買ったものが丸々一箱残っている。きっとくんが淹れてくれたコーヒーにも合うはずだ。
「ポッキー?」
「うん。今日ポッキーの日だから」
「ポッキーの日か」
くんはポッキーを一本手に取り、じっとそれを見つめた後、ぽつりと呟いた。
「……ポッキーゲーム」
聞こえてきたその言葉に、わたしは目を点にした。ポッキーゲーム。ポッキーゲームって、あの!?
「えっ、ぽ、ポッキーゲームって」
「……」
「……したいの?」
おそるおそる聞くと、くんは真っ直ぐわたしを見つめて頷いた。
「さんがいいなら」
そ、そうか。くん、こういうの好きなのか。少し意外に思いつつも、ほんの少し頬を赤らめ期待の表情を見せるくんが冗談で言っているとも思えない。そうか、くんはしたいのか。それなら、そういうことなら!
「わ、わかった!」
ぎゅっと両手で拳を作り、くんの誘いに頷いた。少しばかり恥ずかしいけれど、もうキスだって何度かしたし、それになによりくんが、好きな人がしたいと言っているのだから!
「いいの?」
「う、うん。ちょっと恥ずかしいけど……」
ポッキーゲームを嫌だと思っていたらさすがのわたしでも断っている。恥ずかしいだけで、嫌なわけではない。くんがしたいというのなら、頑張って応えたいと思う。
「じゃあ」
くんは赤い箱からポッキーを一本摘まむと、チョコレートのついたほうをわたしの口元へ。わたしは高鳴る心臓の音を聞きながら、ポッキーの端を咥えた。くんも小さな口で反対側のポッキーの先端に口をつける。
「……!」
想像以上に近い顔に、一気に頬に熱が集まった。これは、思ったより恥ずかしい……!
「……近いな」
「う、うん」
ポッキーを口に含みながら、小さく言葉を漏らす。何度かキスはしているけれど、これはまた別種の恥ずかしさだ……!
戸惑うわたしをよそに、くんは表情を崩さず一口分ポッキーを食べ進める。ほんの五ミリほど近づいた顔に、かあっと頬が熱くなる。わたしが後ろにも前にも行けずにいる中で、くんはまた一口少しずつポッキーを食べ進めていく。くんがポッキーを齧るたびに、わたしとくんの顔が近づいていく。くんの顔が近づくたびに、わたしの心臓は大きな音を立てて鼓動を打っていく。くんの唇と、わたしの唇がくっつくまで、あと一センチ。
「……っ」
思わず目を閉じた瞬間、唇に柔らかな感触が。ゆっくりと目を開けると、目の前には真っ直ぐとこちらを見つめるくんの姿がある。
「顔、赤い」
「へっ」
「真っ赤」
「う……」
唇に少しだけ残ったポッキーのかけらを口に含みながら、両手で頬を押さえた。
「やっぱり結構、恥ずかしいな」
「……くんも?」
「そりゃまあ、それなりに」
「見えない……」
ポッキーをまったく食べられなかったわたしと違い、くんは特に照れる素振りも見せずに一定のペースで食べ進めていた。そんなくんに恥ずかしかった、なんて言われても信じられない。
「だってくん、ぱくぱく食べてたし」
「さんは全然食べなかったな」
「だって……恥ずかしくって」
「はい」
くんは再び赤い箱を手に取ると、中から一本ポッキーを取り出した。それをわたしにくれるのかと思い手を出したら、くんはわたしの考えとは違う行動に出る。
「へっ」
くんは先ほどと同じようにポッキーをわたしに咥えさせる。あれ、これってもしかして!?
「えっ、もしかしてもう一回!?」
「もちろん」
もちろんって、もちろんって!? 慌てている内にくんは反対側のポッキーの端へ顔を寄せる。
つまり、これは「ポッキーを食べたかったらポッキーゲームで食べ進めろ」ということ。そういうことならば!
「……!」
気合いを入れて目の前のくんの顔を真っ直ぐ見つめる。けれど、すぐ目の前のくんの顔があんまりにも綺麗で、決意はすぐに羞恥で崩れ去る。そしてくんはまた恥ずかしい素振りなど一切見せず、先ほどと同じようにポッキーを食べ進めていく。唇がくっつく直前、目を瞑る前に一瞬だけ見えたくんの表情が妖しい笑みだったのは、きっと見間違いではない。
結局その日はまったくポッキーを食べられませんでした。