特別な人
「、チャットが届いてるぞ」
大通公苑のカフェテラスで休憩中、ポケットの中のソフィアがにチャットの着信を知らせた。
「ありがとう」
届いたチャットはからだった。東京にいる恋人からのチャットには「三段アイス!」の言葉とともに三色のアイスの写真が添付されている。写真には映っていないが、の嬉しそうな表情が目に浮かぶようだ。の笑顔を想像して、の表情も綻ぶ。はすぐに「おいしそうだ」と返信をし、先ほど食べたジェラートの写真を送った。
「なあ、。聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「はから連絡が来るといつも嬉しそうだな。どうしてだ?」
ソフィアからの質問に、は目を丸くする。自他ともに認めるポーカーフェイスだったが、のこととなると話は別らしい。
「のことが大切だから」
心のままに答えると、画面の中のソフィアがまた首を傾げる。
「大切……」
「そう」
「怪盗団みたいにか?」
思いついたぞ、と言わんばかりの表情でソフィアはに問いかける。まだ短い旅の中で、怪盗団がお互いを大切に思っていることをソフィアは理解している。心はまだ勉強中ではあるが、そのことだけはソフィアもわかっている。
「少し違う」
しかし、ソフィアの考えとは裏腹に、は小さな微笑みを携えたまま首を横に振る。
「違うのか?」
「ああ。もちろん怪盗団のみんなも大切だ。ただ、は少し違って」
は目を瞑り、のことを思い出す。の笑顔を。の声を。愛おしい、のことを。
「は、特別だから」
「特別……」
「そう。恋人だから」
「恋人……なるほど。わかったぞ」
ソフィアは傾げていた首を元に戻し、目を輝かせた。
「恋人は知っているぞ。そうか。はの恋人だったんだな」
「そう」
「だからふたりでいるときも距離が近かったんだな。納得だ」
渋谷ジェイルを攻略中、ソフィアにを紹介したことはあったが、あのときは名前の紹介だけだった。改めて関係性を説明すると、ソフィアは納得したように頷いた。
「なら、今は離れていて寂しいのか? 場合によるが、恋人同士はいつも側にいたいというのが一般的らしい」
ソフィアの言葉に、の表情がかげる。クールなの珍しい様子を見てソフィアも驚きを隠せない。
「そうだな」
とは秀尽時代の同級生だ。が地元に帰った今は遠距離恋愛中であり、久しぶりに会えるこの夏をもも楽しみにしていた。しかし、東京に来て早々は再び異世界の事件に巻き込まれることとなり、渋谷の事件を解決したらすぐに移動。札幌にいる今はすでに八月も中旬に差し掛かっている。まだ事件の真相は掴めておらず、この旅をいつ終えられるかわからない。怪盗団としての仕事の一方で、大切な仲間たちと過ごしこの旅をは心から楽しんでいる。しかし、東京に残したを寂しがらせているだろうことはずっと気にかかっていた。なにより、自身もに会いたいと思っている。今すぐに会えたら。そんな思いが、たびたび胸をよぎる。
「そうか……寂しいな」
から連絡が来るたびにの心は躍る。だが、その反面が側にいない寂しさを痛感する。今すぐ会えたら。抱きしめられたら。その思いが消えることはない。
「そうだな。寂しい」
「……」
「ただ、みんなとの旅行は本当に楽しいと思ってる」
心配するような声を出すソフィアに、はすぐにフォローを入れた。に会えず寂しいと感じているのも事実だが、ソフィアを含めた怪盗団のみんなと各地を回るこの旅を楽しく思っているのも本当だ。
「寂しいけど楽しい……難しいな」
「そうかも。でも、どっちも本心だ」
「なるほど。違う感情が同時に存在することもある。それが人間の心だな」
「ああ」
「また一つ学んだぞ」
ソフィアはいつもの鼻歌を歌いながら上機嫌な様子を見せる。AIだから心はないと言うが、こうしていると人間と変わらないように見える。
「あ、。からまたチャットだぞ」
ソフィアに言われて再びチャット画面を開けば、から「おいしそう!」と返事が来ている。の頭の中で、簡単にの明るい声が再生された。
「なるほど……」
そんなの様子を見て、ソフィアは言葉を漏らす。
「から連絡が来ると、は嬉しそうで、優しい顔になる。これが『特別』なんだな」
ソフィアの指摘に、は頭を掻く。のことになると自分でも表情が綻ぶ自覚はあったが、そこまで言われると少々照れくさい。
「そうだな、特別だ」
を思うと心が躍る。を思うと心が温かくなる。こんな気持ちになれる人間を、はほかに知らない。が、特別だ。
「よし。が早くに会えるよう頑張ろう。私も協力するぞ」
「ありがとう。そろそろジェイルに行くか」
「私は準備万端だぞ」
ソフィアの入ったスマホを手に、はアジトであるキャンピングカーへ向かう。車に入る前に、待ち受け画面を見た。モルガナを抱きしめるが映った写真が設定されている。
さて、今日も仕事の時間だ。