うらやましいのは
くんとモルガナちゃんはいつも一緒にいるらしい。実際こうやって学校にも連れてきている。春先、授業中机の中に猫が入っているのを見つけたときは驚いたなんてものではない。
「やっぱり眠るときも一緒なの?」
放課後、屋上で日向ぼっこをしているモルガナちゃんを見ながら隣に座るくんに問いかける。
「ああ」
「最近涼しくなってきたから暖かそうだね」
「そこまでくっついてないよ」
「そうなの?」
「モルガナはベッドの端で寝てるだけ」
それでもやっぱり一緒に寝ていることには変わりない。家でも一緒、学校でも一緒、眠るときも一緒。離れている時間の方が少ないんじゃないかな。
「……まあ、でも、いないときは寒かったな」
くんはふっと目を細める。視線の先にはもちろんモルガナちゃんがいる。
二週間ぐらい前、モルガナちゃんがいなくなったとくんから聞いた。モルガナちゃんがいない間、くんは普段と同じポーカーフェイスのように見えて目の端から寂しさが漏れ出ていた。一緒に渋谷のセントラル街でモルガナちゃんを探した後、帰りの電車で「鞄が軽いんだ」とつぶやいたときのくんの陰のかかった横顔が忘れられない。
わたしは席を立ってモルガナちゃんの前で膝を折る。するとモルガナちゃんはわたしの気配に気づいたのか、瞑っていた目を片方だけ開けてわたしを見つめる。
「もういなくなっちゃダメだよ」
くん、本当に寂しそうだったんだから。心の中で付け加えると、モルガナちゃんは「にゃあ」とひとつ鳴く。きっと頷いてくれたのだろう。
くんとモルガナちゃんは、きっとこれからは離れずずっと一緒にいるのだろう。
「いつも一緒、かあ……」
それはつまり、たとえば学校から帰るときやお休みの日に会った帰り道、「バイバイ」って言わなくていいんだ。
「いいなあ、うらやましい」
大きなあくびをするモルガナちゃんを見て、ぽつりと本音が漏れた。いいなあ、ずっと一緒かあ。うらやましいなあ。
「……さん」
「ん?」
じっとモルガナちゃんを見つめていると、後ろからくんが少し詰まりながら言葉をかけてくる。
「……うらやましいのは、俺が? モルガナが?」
くんの問いに、一瞬首を傾げる。どっちがうらやましい、って……。
「えっ!?」
質問の意味がわかって、一気に顔に熱が集まる。
うわ、わたし、今なんてことを!
「もっ、もちろんくんがうらやましいんだよ!? モルガナちゃんといつも一緒で、うらやましいなって!」
思わず立ち上がって、大げさに身振り手振りを加えながら大声でそう言った。
我ながら苦しい言い訳であることは自覚している。だってくんに向かってうらやましいと言ったのならともかく、思い切りモルガナちゃんの顔を見て「うらやましい」と言ってしまった。これじゃ完全に「くんとずっと一緒のモルガナちゃんがうらやましい」と言う意味になってしまう。いや、さっきわたしがうらやましいと言ったときに頭にあったのは間違いなくそちらの意味なのだけれど。たとえばくんと学校から帰るときやお休みの日に会った帰り道、「バイバイ」って言わなくていいんだのが、とても、うらやましいなと。それはきっと幸せなことなのだろうと、そう思った。
けれど、モルガナちゃんとずっと一緒のくんがうらやましいのも嘘ではない。うん、だからこの否定は嘘ではない。そう、嘘じゃない、はず!
「モルガナちゃんと寝るときも一緒で、そういうのいいなあって!」
ないはずなのに、言えば言うほど嘘を重ねている気分になるし、墓穴を掘っている気分になる。うう、どうすれば……。
「そっか、残念」
どうすれば、と頭を抱えていると、くんの口から思わぬ言葉が聞こえてきた。
「え……」
残念? 残念って、なにが? わたしがうらやましいと言ったのがモルガナちゃんではなくくんだったことが?
「え!?」
思い至った考えに、思わず声を上げてしまう。いや、だってもしその通りだったとしたら、だって、それは。
「……いや、ごめん」
「え、え」
「忘れて」
そう言うくんは肘を机について額に手を当てる。その横顔は気のせいか、ほんのり赤い。わたしもくんも喋れなくなってしまって、沈黙にモルガナちゃんの鳴き声だけが響いた。
残念って、残念って、本当にそういう意味? どうしよう。今のわたしの顔、きっと真っ赤だ。