In the case of xxx



 二月十四日、夜。陽はすっかり沈みきり、四軒茶屋の古い町並みは穏やかな光の街灯に包まれる。明かりを消したこの部屋も、窓から微かな月の光が差し込むだけだ。
、くん……」
 俺の下でベッドに横たわるは暗がりでもわかるほどに頬を赤らめている。一糸纏わぬ姿に加え、上気した頬はなんとも扇情的だ。
 この流れになるのは自然なことだった。どちらかが明確に誘いかけたわけではない。一ヶ月半ぶりの恋人との再会、そしてお互いの思いを確かめ合った後。高まった感情が重なると同時に体も重なった。離れていた時間を埋めるように、お互いの体温を感じ合う。
「あんまり見ないで……」
 は羞恥に染まった顔を背け、体を捩り両腕で胸の辺りを隠してしまう。その姿や行動は可愛らしいと思うが、それ以上に今はのすべてを見つめていたいという感情が強い。
「隠さないで」
 そっとの腕を外し、背けた顔を正面に向かせる。火照った唇にキスを落とす。
「でも……」
のこと、ちゃんと見たい。目に焼き付けておきたい」
 あと一ヶ月ほどで俺はまた地元に戻ることになる。せっかく再会したにも関わらずまた離ればなれの日々が続く。その前にのすべてを見つめていたい。
 俺の言葉の意図を察したのか、はおそるおそるといった具合に両手で俺の頬を包んだ。そのまま少し体を浮かせて唇を重ねる。からのキスが格別の甘さだ。
くん……」
 頬を撫でると、はまた頬を赤らめた。いや、頬だけでなく艶めかしい肢体すべてが仄かに赤く染まっている。これからのことを想像しているのだろう。
「いい?」
 その言葉とほぼ同時には両手で頬を覆った。「いい?」の言葉が意味するのはただひとつ。想いを確かめ合って抱きしめあってキスをした。身も心も何も隠すものがない状態でに触れた。上辺だけではない、いつもより深くまで、奥まで。愛撫を続けて繰り返し。あとはもう、ひとつになるだけだ。
「も、もうちょっと待って……」
 は身を捩り恥ずかしそうに目線を逸らす。まだ心の準備ができていないのか、それとも。
「怖い?」
 男の自分にはなかなかわからない感覚だが、初めての行為に対しての恐怖心が湧くことは不思議ではない。それが「こういったこと」となれば尚更だろう。
「怖い……のもちょっとあるけど……緊張、して」
「緊張?」
「……くんはしないの?」
 に問いかけられ、自分の胸に問うてみる。この胸の高鳴りは。
「緊張はしてる」
「……本当?」
「見えない?」
「見えない……」
 の答えに思わず笑いがこぼれた。ポーカーフェイスを気取っているつもりはないのだけれど、感情が見えないと言われるのはしょっちゅうだ。感情が表情に出やすいからしたら特にそう見えるのだろう。しかし表情がいつもと変わらなかろうと、今俺自身は緊張していると感じている。
「大切なに触れるのに緊張しないわけがない。のことが好きだから、緊張だってする」
 これがなんとも思っていない相手なら緊張なんてしないだろう。だが今の目の前にいるのは、今から抱こうとしているのはだ。世界で一番大切な人。
 は俺の言葉を聞いて、目線を下に向ける。口元を覆っていた小さな手を微かに震わせながら俺の頬に添えた。
「わたしも……くんが好き」
 は息を交えた声で、途切れ途切れに言葉を紡いでいく。
「だから……緊張はしてるけど、もう……大丈夫」
 ほんの少し震えたの声が頭の中に響く。「大丈夫」、その言葉はもう俺を阻む壁はなにもないということ。
 焦る心を抑えながら、枕元に置いた避妊具を自身につける。の秘部へあてがうと、思わず息が漏れた。
……」
「……ん」
「好きだよ」
 脈打つ自身を、の中へと挿入していく。少しずつ、少しずつ。そこは濡れそぼっているにも関わらず、窮屈とすら思うほどに締め付けてくる。理性を切らさぬよう深く息を吐いた。
、くん……」
 は俺の左腕をしがみつくようにぎゅっと掴む。目の端には涙が滲んでおり、俺は動きを止めてその涙を拭った。
「ごめん、痛い?」
「ん……だいじょう、ぶ」
 は息を上げながら、震える唇で言葉を紡ぐ。
「ちょっとだけ、痛いけど……なんだか胸が、いっぱいで」
 言葉と同時に、拭ったはずの涙が一筋がの頬に流れた。それは痛みからもたらされる涙でもなければ、ましてや恐怖や悲哀の涙でもない。
「俺も」
 の頬を撫でながら、俺は言葉を続ける。
「俺も胸がいっぱいだ。幸せでどうにかなりそう」
 少年院から出ることになったとき、不安がなかったわけではない。
 あのクリスマスの朝、出頭する旨を綴ったチャットをに送った。それは即ち一年の間会うことは叶わないということだ。相談をするわけでもなく、猶予を持たせるわけでもなく、ただ突然に「これから出頭する」と、その事実を伝えただけのメッセージ。結局以前の傷害事件の冤罪が認められ二ヶ月もしない内に釈放されることになったが、それでもあのときのメッセージは我ながらひどく一方的なメッセージだったと今でも思う。
 そんな態度を取っておいて、出所した後もが待っていてくれると思うほど脳天気ではない。出頭自体に後悔はない。獅童のことにしても仲間のことにしても、そして自分の行いを鑑みても、あれが最善だったと思っている。けれど、少年院に入っている間ものことだけは気にかかっていた。愛想を尽かされても、別れを切り出されてもおかしくないと思っていた。しかし、それでもは俺を待っていた。以前の傷害事件の冤罪を立証するために奔走してくれていたという。
 純粋に嬉しかった。昨日ルブランへ来てくれたの顔を見て、だらしなく頬を緩ませてしまったほどに。
 のことが好きだ。出会って数ヶ月で芽生えた想いは、少年院に入っている間も褪せなかった。も同じ気持ちでいてくれたことが嬉しいと思う。今こうしてとひとつになって幸せだと思う。心の底から、満たされている。
「あ……っ」
 ゆっくりと動きを再開させると、は小さく声を上げた。少し歪んだ表情に、微かに滲むのは快感の色。じわりじわりとその色は濃くなっていく。の高く艶のある嬌声も、赤く染まった頬も、滲んだ涙も、すべてが俺を煽ってくる。理性の糸などすべて千切って、本能の赴くままに動いてしまいたい。それでもその感情を押し殺し、の頬を撫でた。
くん……っ」
 唇を震わせながら俺の名を呼ぶが愛おしい。の一瞬一瞬を、すべて目に焼き付けたい。俺のすべてをに刻みつけたい。離れていても忘れることのないように。
……」
 の中は温かい。包み込まれるような穏やかな充足と、締め付けてくる快感が重なって頭の中が目の前のことだけで埋まっていく。のことでいっぱいになっていく。
 繋がる箇所がひとつなんてもどかしい。思わずの唇にキスをした。噛みつくように激しく、何度も繰り返し。
 が手を伸ばすから、その手を取った。指と指とを絡ませて、離れることのないよう強く握る。の爪が甲に食い込むけれどそんなことはどうでもいい。もっと、もっと深くまでと繋がっていたい。
「あっ、く……っ!」
「……っ」
 声にならない息が漏れる。辛うじて保っていた理性がもう切れそうだ。
 抑え切れなくなって、動きを速めた。に気遣う余裕はなくなり、ひたすらに快楽を、を求めていく。
「あっ、あ……っ!」
「っ、は……っ!」
 きゅっと一層強く締め付けられ、快楽が頂点へ向かっていく。俺は腰を震わせながらの中で達した。
「は、あ……」
 は荒い息を繰り返しながら、力が抜けたのがベッドの上にただ横たわる。余韻が抜けないのか上気した頬がいやに扇情的で、精を吐き出したばかりだと言うのにまた奥底が熱くなってしまいそうだ。
 欲の芽生えた感情を抑えながら、俺はの頬にキスをした。触れるだけの、穏やかな。
くん……」
 が応えるように手を伸ばすから、俺はその手を取って先ほどと同じように指を絡ませた。の小さな手が、愛おしい。
「好き……」
 小さな細いの声が、ルブランの屋根裏に響く。何度も聞いたその言葉が、胸の奥へ沁み渡っていく。
くんのこと……ずっとずっと、大好き」
「俺も」
 導かれるように、どちらからともなくキスをした。今度は唇と唇だ。
 どんなに離れようと忘れるはずがない。忘れさせやしない。想いを込めて、を抱きしめた。