地元の恋人/1


 高二の夏。初めての東京、初めての渋谷。高揚感と不安を同時に胸に抱きながら、わたしは満員の電車を降りた。
「ええと、ブチ公口……」
 案内板を見失わないよう、上を見ながら歩いていく。どうして新幹線が止まる駅でもないのにこんなに多くの出口があるのだろう。首を傾げつつ待ち合わせ場所であるブチ公口へ向かう。
 改札を抜けてあたりを見渡しつつ、手の中のスマホに視線を向けた。「着いたよ」と先ほど送ったメッセージにはすでに既読がついている。
「ここがブチ公口でいいんだよね……?」
 念のため確認するけれど、案内板には確かに「ブチ公口」と書かれている。ではお目当ての人物はどこにいるのだろう。この人混みの中では見つけるのも一苦労だ。
「あ、いた!」
 柱の影にようやくお目当ての人物を発見する。一目散に駆け寄って彼の名前を呼んだ。
くん!」
 彼が振り向くより先に、わたしは彼に抱きついた。
 くん、わたしの恋人。無実の罪で地元を追われた、わたしの一番大切な人だ。
、久しぶり」
 くんは抱きついたわたしの頭をぽんぽんと撫でる。この感触も久しぶり。見た目よりも大きな手は、いつだってわたしに安心感を与えてくれる。
「四ヶ月ぶりか」
 くんは四月から東京へ上京している。その理由は親の転勤や学業のためなんて話ではない。酔っぱらいから女性を助けようとしたら逆にその男から訴えられて、傷害の判決が出て一年間の保護観察処分、転学転居まで命じられた。くんは最後まで無実を主張していたけれど、その主張が認められることはなかった。
 だからくんとは四月から遠距離恋愛が続いている。くんが上京する日、大変なのはくんだからと必死に涙をこらえようとしたのに、結局声をあげて泣いてしまったことを今もよく覚えている。
「うん……本当に久しぶり」
 会えた嬉しさにじわりと涙が浮かんでしまう。こらえようと思っても溢れてしまう。
 四ヶ月前、地元を離れる電車に乗るくんを見送ったあの日がもう遠い昔のようだ。こんな形で地元を追われたくんの背中は、とても小さく見えた。
「すぐ泣く」
「だって……」
「わかってるよ」
 優しい手つきでくんに頬を撫でられて、余計に涙が溢れ出す。ああ、駄目だ。またこうやってくんに心配ばかりかけている。わたしは強引に涙を拭ってくんをまっすぐ見据えた。
「どこかお店に入る?」
「……ん。もう大丈夫」
「そう?」
「うん」
「じゃ、行こうか。東京、楽しみにしてただろ」
 くんはわたしの右手を握り、駅の外へと歩き出す。電車や駅も人でいっぱいだったけれど、駅の外もまたすごい。人人人、見渡す限り人ばかり。しっかりと手を繋いでいないとはぐれそうだ。
「とりあえず渋谷歩きたいんだよね?」
「うん。テレビでしか見たことないし……」
「俺もそうだったよ。まずはセントラル街かな」
 見たこともないような人波に慌てるわたしと違い、くんはきょろきょろすることもなくまっすぐ顔を上げている。まったく臆せず渋谷の街を歩くくんは、なんだか知らない人のよう。
くんは普段どんなところ行ってるの?」
「んー……ファミレスで勉強したり、たまに映画も見る。あとジム行ったり」
「ジム?」
 くんとジムなんて結びつかず、思わず聞き返してしまう。くんはあまり積極的に運動するタイプではなかったはず。
「友達が運動好きで誘われてさ。ひとりでもときどき行くようになった」
「へえ……」
 ということはもしかしたらくんは会えない間の四ヶ月でムキムキになっているかもしれない。つんと二の腕をつついてみたら心なしか前より固い。
「お腹割れてる?」
「バッキバキ」
「ふふ、本当に?」
 どうしよう、シャツを脱いだくんがボディビルダーみたいになっていたら。くんは結構着痩せするタイプだからもしかしたら本当にありえたりして。自分で想像して顔とのアンバランスさに笑ってしまう。
「でも、本当にちょっと大きくなったよね」
「そう? 背は伸びてないと思うけど……」
「身長っていうか……なんとなく雰囲気がね」
 くんは自分の二の腕のあたりを見る。体格が、とか筋肉がというより、纏う雰囲気が強くなったように思う。先ほど駅でくんを見つけられなかったのは、初めて見た眼鏡も理由のひとつだったけれど、一番の理由は雰囲気の差異だったかもしれない。
くん、どんどん変わって行っちゃう」
 初めてくんと会った中学一年生のときは身長だってわたしとほとんど変わらなかったのに、今はわたしがくんを見上げている。声も低くなっていつの間にかくんは男の人になっていた。それからさらにこの四ヶ月で纏う雰囲気が逞しくなってしまって、なんだか遠くへ行ってしまったよう。
も可愛くなったよ」
 くんはわたしの頬を撫でる。軽く触れるだけの指先はどこか妖しさをはらんでいて、わたしはくすぐったくて身を捩った。
「……本当?」
「うん、さっき見たときびっくりした」
「ありがと。嬉しい」
 自分がこの四ヶ月で可愛くなったかなんてわからないけれど、今日という日のために精一杯おしゃれしてきたつもりだ。それがくんに伝わっているのなら嬉しい。
「あ、ここがそのジム。たまにふらっと行くんだ」
「へえ……ここでお腹がバッキバキに?」
「バッキバキ」
「ふふ」
 くすくす笑っていると、件のジムの中からふたりの男性が出てきた。派手な金色の髪の毛の男性と、すらっとした細身の長身の男性だ。おそらく同年代だろう。外見だけの印象だと少しちぐはぐな二人組に見える。
「素晴らしいモデルの宝庫だったな」
「なんでジム来たのに鍛えねーで絵描こうとすんだよお前は……」
 そんな会話が聞こえてきてなんとなしにふたりを見ていると、金髪の彼もこちらを見る。彼は口を大きく開けてこちらへ駆け寄ってきた。
「おま、オマエ! 裏切り者!」
 彼はくんの肩を掴むと、ものすごい勢いで揺すり出す。がくんがくんとくんの残像が見えそうなほど。
 あまりの勢いに口をあんぐり開けていると、くんは彼の腕を容赦なく払い、「これ、友達」と教えてくれた。
「彼女いたのかよお前!」
「竜司、うるさい。が怖がってる」
「あ、お、おう……悪ぃ」
 どうやら彼は竜司くんと言うらしい。竜司くんはくんのクールな声で落ち着いたのか頭をかいた。
「こいつ、坂本竜司。学校の友達」
「はじめまして、です」
 軽く会釈をすると竜司くんは「そんなかしこまんなって」とからからと明るい声で笑う。先ほどは勢いに驚いてしまったけれど、明るくて楽しそうな人だ。
「ああ、この子がの彼女か。はじめまして、俺は喜多川祐介だ」
 先ほどの竜司くんとは一転、長身の彼は落ち着いたトーンで挨拶をしてくれる。竜司くんとは違いわたしのことを知っているようだ。
「え? 彼女なのマジで?」
「うん」
「あーっ、マジかよクソ! に彼女いるなんて聞いてねえぞ!」
「だって聞かれなかったから」
「じゃあなんで祐介は知ってんだよ!」
「祐介には聞かれたから」
「昨日、今日は絶対に空けられないと言っていたからな。何か大事な用でもあるのかと聞いたら彼女が来るから、と」
「なんだ、お前も知ったのずいぶん最近じゃん」
 三人はわたしの頭の上で会話を繰り広げていく。わたしは会話の中に入っていけず、きょろきょろと三人の顔を見るだけだ。
「お前、本当聞かれねえと自分のこと話さねえよな。前歴のことだって聞かなきゃ話さなかっただろ」
「えっ」
 竜司くんの言葉を聞いて、わたしは思わず声を上げてしまった。今までしんと黙り込んでいたわたしが声を発したせいか、三人は揃ってわたしを見る。
「あれ、やべ、言ったらまずかった?」
「う、ううん違うの。もちろんくんの前歴のことはわたしも知ってるから……むしろふたりが知ってるのにびっくりして」
「ああ……まあそりゃあな」
「そういうの、言える友達がいてよかったなあって思って」
 くんが転校することになったとき、抱いた不安がいくつかあった。その中のひとつが、噂の届かないようなところに行ってもどこかで前歴のことを知られてしまうかもしれない、知られたら遠巻きにされたり陰口を叩かれたりするかもしれない。それがずっと不安だったのだけれど、こうやって話せるぐらいに気の置けない仲の友人ができたようで嬉しく思う。
「別にそれほどじゃねえけどよ。つか、こっち来たってことはこっちの子じゃねえの?」
「そう、地元の子。前の学校が一緒で」
「ならば遠距離か。大変だな」
「ううん。大丈夫だよ」
 祐介くんの言葉に、わたしは即座に首を横に振った。
「もう半分ぐらい過ぎたし……大丈夫だよ。ね?」
 隣のくんを見上げると、くんも笑顔で頷いてくれた。うん、。大丈夫。あとたったの半年ちょっとなのだから。わたしたちは、大丈夫。
「へえ、意外とそういうもん?」
「マメに連絡も取れるし、外国ってわけでもないし」
「ま、確かに。つか悪ぃ、デート中ってことだよな。呼び止めちまって」
「本当だよ。邪魔なんだけど」
「お前なあ!」
 ふたりは言葉とは正反対にからからと明るく笑い合う。本当に仲良しさんのようだ。ふたりの様子にわたしも笑顔になってしまう。
「邪魔ならば退散するとするか」
「いや、マジに取んなって……まあ退散した方がいいのは同意だけど」
「またゆっくり話そう。夏休みだし」
「そうだな」
 今度ゆっくり聞かせろよー! と大きな声で言いながら竜司くんたちはセントラル街から駅の方へと歩いて行った。
「面白い人たちだね、なんだか正反対って感じだけど……」
 竜司くんと祐介くんは真逆の性格のようだし、くんとそれぞれも正反対の性格に見える。地元ではああいうタイプの友達はいなかったと思うけれど、どういうきっかけで知り合ったのだろう。
「正反対だけど、ふたりともいいやつだよ。面白いし」
 そう話すくんの表情は柔らかで、ふたりへの信頼感が窺えた。本当に仲良しさんなんだなあ。
「で、渋谷どう? ただ歩いてるだけだけど」
「歩くだけで大変。すごいね、毎日こんななの?」
 完全におのぼりさんの言葉だけれど、とにかく人が多くて歩くのも精一杯だ。けれどきっとこれが渋谷というものなのだろう。
「すごいよね。今日は夏休みだからまたすごい。でも四軒茶屋はもっと落ち着いてるよ」
くんが住んでるところだよね?」
「そう。落ち着いた雰囲気で気に入ってる。あとで連れてくから」
「楽しみ!」
 そんな話をしながらまたセントラル街を歩き、気になった服屋さんに入った。くんは買い物に付き合うのなんて面白くないかと思ったけれど、「が楽しいことをしなよ」と微笑んでくれたのでお言葉に甘えることにした。
 とは言え貧乏学生。今日という日の旅費、それにくんと遊ぶお金だけでカツカツだ。買えても服は一着だけ。どれにしようかうんうん唸っていると、試着室のほうから一際目を引くスタイルの女性が出てきた。ツインテールの背の高い美人さんだ。派手な色使いにも負けない華やかさ。わたしはすっかり目を奪われてしまった。
、まだ試着してないの?」
「あ……ちょっと見とれちゃって」
「見とれ……あ」
 わたしの指す方向を見て、くんは何かに気づいたような声を出した。
くん? 知り合い?」
「うん、そう。杏」
 くんはそう言って彼女に呼びかける。それに気づいた彼女はぱあっと顔をほころばせてこちらへやってきた。
! この子が噂の彼女?」
「そう」
「へー! ちょっと真、真ー!」
 彼女……杏ちゃんは大きな声で試着室のほうへと呼びかける。するとショートカットの真面目そうな同世代と思われる女の子が試着室から出てきた。
「なあに、杏。そんな大きな声出して……あら」
 ショートカットの子も明るい表情でこちらへやってくる。ふたりともくんの友人のようだ。
の彼女だって!」
「あら、あなたが。こんにちは、新島真です」
「私は高巻杏。よろしくね!」
 ふたりのにこやかな表情にわたしも笑顔で返した。見た目だけなら正反対の印象を受けるふたりだけれどずいぶんと仲が良さそうに見える。
とは同じ学校なの。あなたはさんでしょう?」
「え、あ、うん。あの、わたしのこと知ってるの?」
「私も杏も前にから聞いたのよ」 
「そうそう。が緩んだ顔でチャットしてるからもしかして彼女? って聞いたら頷かれてさ。しかも今日から何日か予定空けられないって言うからきっと彼女が来るんだろうなって思ってて」
「まさか会うなんて思ってなかったけどね」
 ふたりとも笑顔ながら矢継ぎ早に言葉を紡いでいく。先ほどの竜司くんと祐介くんとは違い、ふたりは随分前からわたしのことを知っているようだ。
「ね、その服買うの? どっちもかわいいね!」
「あ……欲しいんだけどふたつともはちょっと……どっちか選ばなきゃって思ってて」
「そっか。はどっちがいいと思う?」
「俺?」
 突然話を振られたくんは、驚いた顔でわたしの手にあるスカートを見比べた。薄いイエローのフレアスカートと青のペンシルスカート。少しタイプが違うものだけれど、わたしとしてはどちらも捨て難い。
「あ、着て見せてみる方がいっか。試着室行こ」
「え、あ、うん」
 杏ちゃんに背を押されながらわたしたちは試着室へと向かう。くんは少しぽかんとした表情で、なんだかふたりの勢いに負けているようだった。とはいえ、勢いに負けているのはわたしも同じ。びっくりしながらされるがままに試着室前へと来てしまった。
 勢いに戸惑いつつも、もともと試着はするつもりだった。スカートを持ってフィッティングルームに入ろうとしたら、杏ちゃんと真ちゃんに呼び止められた。
「ごめんなさいね、強引に連れてきたりして」
「ちょっと聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと?」
「その……の前歴のことって、地元でも知られているのよね?」
 前歴。その言葉にわたしは「あ」と声を出してしまった。竜司くんと祐介くんだけでなく、このふたりもくんの前歴を知っているのか。
「……うん」
「やっぱりそうなんだ」
から地元に彼女がいるって聞いたときから気になっていたの。地元に残してきた彼女、前歴者の恋人ってことでいろいろ言われているんじゃないかって」
「あ……それは……」
 きゅ、と心臓が痛んで思わずうつむいてしまう。ふたりが心配してくれたこと、それは事実だから。
 くんとわたしが付き合っていることは、もともと地元の高校で特に知られていたわけではない。お互いの友人数人が知っている程度だった。けれどくんが逮捕されたという話が広まってからは、わたしがくんの彼女だと学校中にあっという間に知れ渡った。それからは噂の嵐。わたしがくんに脅されているから付き合っているだとか、わたしもくんと同じ犯罪者だとか。校内で聞こえるような声で噂をされたことは一度や二度ではない。
「やっぱり変に噂されたりしているのかしら」
 きゅ、と唇を噛み、ふたりの言葉に応えた。
「……ううん、大丈夫だよ」
 うん、そう、大丈夫。わたしは、大丈夫。
「そう? ならいいんだけど……」
「心配してくれてありがとう」
「だっての彼女だもん。やっぱ気になっちゃうよね」
 真ちゃんと杏ちゃんは顔を見合わせ「ね」と首を動かす。ふたりとも会ったことのなかったわたしを心配してくれていたなんて、優しいな。くんがふたりと仲良くなった理由がよくわかる。
「さ、話も終わったしスカート履いてみよ! どっちも可愛くって捨て難いなあ。私も欲しくなっちゃう」
「うん、可愛いよね。どっちも買えたらよかったんだけどなあ……」
「こっちに来るだけでも大変だものね」
 杏ちゃんに促されてわたしは試着室に入った。ふたつのスカートをそれぞれ履いてくんに見せてみる。
「どう?」
 ふたつめの黄色のフレアスカートを履いて、くんに意見を促した。
「どうって言われても……が気に入ったほうがいいと思うけど」
「どっちも気に入ってるから聞きたい!」
 わたしとしてはどちらも甲乙つけ難い。だったらここは恋人であるくんの意見を聞きたいのだ。
「……黄色?」
「あ、やっぱり?」
 くんの答えにすぐ言葉を発したのは杏ちゃんだ。
「こういうふわっとしたやつって男受けいいんだってね。雑誌でもデート服特集だとこういうのばっかだし。もやっぱり彼女には可愛い感じの着て欲しいんだ」
 杏ちゃんはにやにやと笑いながらくんの顔をのぞき込む。くんは少し恥ずかしそうに眼鏡を直しながら視線を逸らした。
「それは、まあ……」
くん、こういうの好きなの?」
 スカートの裾を軽く持ち上げながら、くんに問いかける。さっきの青のペンシルスカートと比べてではなく、純粋にフレアスカートが好きなのかなあ。
「……好き。似合ってると思う」
 くんは少し頬を赤らめてそう言った。そうか、くんこういうのが好きなのか。確かに地元でデートするときも、ふわっとしたシルエットのスカートだと心なしかくんは嬉しそうだったかもしれない。部屋の中のクローゼットを思い出しながら、次のデートではこの系統のスカートを履いてこようと思った。
「ありがと。じゃあこれにするね」
「うん」
「じゃあ私たちはもうちょっと服見てくるから!」
「ああ、また」
「じゃあねー!」
 杏ちゃんと真ちゃんは手を振り再びレディースコーナーの奥へと入っていった。「まだ見るの? 私はもういいわよ!」「いいからいいから!」なんて会話が聞こえてくる。
 くん、女の子の友達もいるんだな。チャットで聞いてはいたけれど、実際話している様子を見ると思っていたより仲がいい印象だ。ふたりにはわたしのことも話していたようだし妬いているわけではない。ただ、少し意外に思う。地元ではそこまで友達が多いわけでなかったこともあり、女友達なんてほぼいなかった。あんな気の置けないような異性の友達がいるなんて、地元にいたときのくんを思うとあまり考えられない。
、大丈夫?」
「え?」
「なんか勢いに押されてた感じがするから」
「ふふ、ちょっとね。でも楽しかったよ。ふたりともいつもにぎやかな感じなの?」
「いや、明るくはあるけど初対面にあんなぐいぐい行くタイプじゃ……ああ、初対面と思ってないのかも」
 その言葉に首を傾げると、くんは笑いながら言葉を続けた。
「最初にのこと話したときから質問責めでさ。どんな子なの、どこで会ったのって。写真見せたこともあるし」
「そうなの?」
「うん。だからもう知り合いの気分でいたのかな。寂しい思いさせてるんじゃないって心配もされたし……」
 くんの言葉に、わたしは思わず俯いてしまう。やはり遠距離という話になるとその心配をされてしまう。
「わたし、大丈夫だよ。くんが帰ってくるまでちゃんと待ってるから……」
 レジの列に並びながら、ぎゅっとくんの手を握った。くんにわたしがあまり寂しがっていると思わせたくない。
 くんが上京することになったのが、よくある親の転勤などのためだったらわたしも寂しいと答えていたかもしれない。けれど、くんが今回東京に住むことになったのはくんの冤罪が理由だ。裁判で転学転居の命令が出たとき、くんがとても、とても咎めた様子で「引っ越すことになった」と告げてきたときのことが忘れられない。くんは悪くない。くんのせいではない。これ以上、くんにそんな表情をさせたくない。
「……うん」
 くんは小さく頷くと、ぎゅっと手を握り返してくれた。