後輩他校生/4
遊園地に行った日の夜。わたしはひとつの決心をし先輩にメッセージを送った。
「お話したいことがあるので、時間を取っていただけませんか」
シンプルな文面を送り、ぎゅっとスマホを握る。ほどなくして先輩から返事が来た。
「それならこの間話したうちの喫茶店に来ない? ゆっくり話せると思う」
少し迷ったけれど、夏休みの終わりに先輩の家にお邪魔することにした。きっと、これが最後の機会だろうから。
そうして迎えた約束の日。四軒茶屋駅まで先輩に迎えに来てもらい、わたしは先輩が住んでいるというルブランへ向かった。
「すぐ着くよ」
「駅から近いんですね」
「その分古いけどね。チャットでも言ったけど、部屋はただの屋根裏だから。あ、ほらここ」
赤い庇が特徴的な、レトロな外観のお店に着いた。ここが先輩の住むルブランらしい。中に入りマスター……先輩がチャットで言っていた佐倉さんだろう。彼に挨拶をして先輩の部屋である二階へと上がった。
「お邪魔します」
「適当に座って」
先輩に促されソファに座る。きぃ、と軋む音がした。
「すみません、いきなり押し掛けちゃって」
「いや、大丈夫。それより話って?」
そう、今日わたしは先輩に話をしにきたのだ。心を決めてきたはずなのに、先輩を前にするとなかなか切り出せない。でも、言わなくてはいけないのだ。
大きく深呼吸をして、心を落ち着けた。わたしの思いを、話さなくては。
「わたし、先輩が好きです」
隣に座る先輩を真っ直ぐ見据えてそう言った。わたしは先輩が好き。渋谷で助けてくれたあのときからずっと。それが偽りのない本当の気持ちだ。
「最初は先輩と少しでも一緒にいられたらって思いで、友達からってお話で一緒にお出かけしてました。一緒の時間が過ごせれば、それだけで幸せだったから。友達でよかったんです。でも、最近……それだけじゃなくなって」
ぎゅっと、膝の上で自分の手を握る。この暑い陽気の中で、いやに指先が冷たい。
「もっと一緒にいたいって、思っちゃいました。もっと側にいたいって。ただの友達じゃなく、先輩の……特別になりたいって」
あの観覧車での会話の後に思ってしまった。わたしは先輩が好き。先輩の支えになりたい。先輩を、一番近くで支えていたい。先輩の一番近い立場になりたい。特別に、なりたい。
本当はきっと、もっとずっと前から思っていた。けれど気づかないふりをしていた。「特別になりたい」なんて思ってしまったら、この関係を続けるわけにはいかないから。けれど、自覚してしまったからには戻れない。わたしはもうこの関係では満足できないのだ。
「今まで曖昧にしてきたけど、ちゃんと決着つけなくちゃいけないって思ったんです。先輩にその気がないなら、もう今までみたいに会うのはやめます。……そうしないと、わたしはいつまでも諦められないと思うので」
奇しくも今日は先輩とお出かけするようになって三ヶ月の日だ。けれど、友人に言われたから先輩とお別れすることを決めたわけではない。わたしが自分の意志で決めたのだ。もう、今まで通りにはいられないと、わたしが思った。
「わたしは、先輩が好きです。これからもずっと。だから……先輩の気持ちを、聞かせてもらえませんか」
顔を上げ、再び先輩を見つめた。先輩の答えを聞かなくてはいけない。望み通りの答えが聞けないだろうことはわかっている。それでも、わたしは答えを聞かなくてはいけないのだ。
「……少し長く話していい?」
「……はい」
「最初、さんが秀尽に来たときびっくりした。わざわざお礼言いに来たのもそうだけど、好きって言われて。さすがに初対面で付き合うとか考えられなくて、でも友達からって言われたからそれならいいかって思った。佐倉さんにも友達作れよみたいなこと言われてたし、ほかにも理由はあるけど……交友関係は広い方がいいかなって軽い気持ちで。で、一緒に出かけてみて、面白い子だなって思った。東京の案内してくれるっていうのもありがたかったし。何度か一緒に出かけるうちに……本当に正直に言うと、さんが俺のこと好きってこと、あんまり意識しなくなってた。ごめん」
先輩はぽつぽつと、しかし、しっかりとした口調で言葉を続ける。
「でも、渋谷で偶然会ってゲーセンに行ったとき……景品のぬいぐるみをあげたとき、すごく喜んでるのを見て思い出したんだ。さんは俺のこと好きなんだって。さんと遊ぶのは楽しかったけど、でも付き合うって言ったら少し違う気がした。だから、本当はゲーセンで遊んだとき、次に会うのを最後にしようと思った。だらだら会って思わせぶりなことするのはよくないって思ったから」
「え……」
ゲームセンターの後に会ったのはプラネタリウムだ。そういえば、あの日の先輩は少し様子がおかしかった。あのとき、もしかして終わりにしようと言う話をしようとしていたのかもしれない。
「でも、あのとき偶然秀尽の同級生に会って……さんが噂のこと知っても会ってくれてることを知って、今までと違う印象を持った。もう少し会ってみようって思った。さんといるの、本当に楽しいと思ってたし」
先輩の言葉に、わたしの心臓は高鳴っていく。すぐに断られると思っていたのに、もしかして、もしかしたら。
「先週も改めて会ってみて、さんのことよく考えた。明るくて一緒にいると楽しくて、人のこと放っておけないって言ったり……俺ももっとさんといたいと思った。俺もさんのこと、好きだと思ってるよ」
想像もしていなかった先輩の言葉に、心臓の鼓動が一瞬止まる。ぽかんと口を開けて、ぱくぱくと閉じたり開けたりを繰り返してしまう。
「う、嘘です! 嘘!」
「えっ、なんで」
「先輩がわたしを好きになる要素なんてないと思います!」
わたしは先輩が好きだ。あのとき助けてくれた優しい先輩が。つらい過去を乗り越えて受け入れている強い先輩が。けれどわたしはそんな先輩に好かれるような人間だとはとてもじゃないけれど思えない。
「嘘じゃない。それともさんは俺がそういう嘘吐く人間だと思ってる?」
「そ、それは……思ってません! そんな人じゃないです!」
先輩は少しお茶目な面があるけれど、そんな嘘を吐く人ではないはずだ。だったら、今のお言葉は本当に。
「本当に、その、わたしのことが……」
「好きだって言ってる。そういう感情表現がオーバーなところとか一緒にいて楽しいし、ほかにも……真っ直ぐ人を見るところとか。この先も一緒にいたいと思ったよ」
先輩が、わたしのことを好き? 未だに信じられない。けれど、確かにこの耳で聞いた。先輩が、わたしを好きだなんて。
「嬉しい……」
思わず両手で顔を覆って、溢れる涙を隠した。けれども涙は止まらない。
「わたし、今日が会うの最後になると思ってたんです。本当に……信じられなくて」
「最後じゃない。これからも遊びに行こう。一緒にいよう」
「はい……」
先輩は顔を覆ったわたしの手をそっと外し、その手で涙を拭った。優しい感触が少しくすぐったい。
「ずっと、一緒にいたいです。わたし、先輩のこと、一生支えていきます!」
涙を拭い、ぐっと拳を握った。先輩の側にいたい。先輩を支えていきたい。あの観覧車で抱いた思いは本物だ。これから先、ずっと先輩を側で支えたいと思っている。
「それ、プロポーズみたいだ」
「へっ!?」
先輩に指摘され、一気に頬が熱くなった。た、確かに今の言葉はプロポーズのようだ。ああもうわたしはどうして、お礼を言いに秀尽へ行ったときといい、話そうとしている以上のことを、思っていることをそのまま話してしまうのだろう……!
「え、あっ、ちが、違いますあの!」
「違うの?」
「え……」
先輩は不敵な笑みを浮かべ、わたしの顔をのぞき込む。今まで見たことのない表情だ。
「俺はさんの、全部をもらうつもりでいるよ」
その言葉に、今まで生きてきた中で一番心臓が跳ねた。ドクン、ドクンと先輩に聞こえてしまいそうなぐらいの音で鼓動を打っている。
初めて見た先輩の表情。これは、男の人の顔だ。
「せ、先輩」
「目、閉じて」
眼鏡を取った先輩に促され、わたしは目を閉じた。唇に甘い感触が、落ちた。