朝を見つける
「海、行かない?」
それはある冬の夜、寝る前の突然のくんの言葉。
「、起きて」
「ん……」
体を揺さぶられ、重い瞼をどうにか開ける。薄く開かれた視界に、まだ寝癖のついたくんの姿が見えた。
「ん……何時?」
「四時」
「よじ……? あっ」
四時なんて、なんでこんな早い時間に。そう思った直後、すぐに昨夜のくんの言葉を思い出す。
「あっ! 海!」
「そう、海で日の出」
「準備しなきゃ!」
そうだ、今日は始発で海まで行って日の出を見るのだ。飛び起きたわたしは慌てて朝の支度をする。歯を磨いて顔を洗って、簡単にメイクをして、動きやすい服を着た。わたしが支度を整える横で、くんはモルガナちゃんを起こす。
「モルガナ、朝だぞ」
「うにゃう……」
いつもは早く起きるモルガナちゃんも、今日はまだまどろみの中のようだ。くんの「海、行くんだろ」という言葉でやっと目を開けたモルガナちゃんは、大きなあくびをしながらくんの鞄に入った。
「くん、準備終わったよ」
「ん。じゃあ行こうか」
玄関にかけられたコートを着ると、くんがわたしの首にマフラーを巻いてくれる。首筋にかかる布の感触に目を細めていると、くんがマフラーで顔をぐるぐる巻きにしてくる。
「くん!」
「はは」
「もう……」
くんは笑いながらマフラーを巻き直す。わたしは頬を膨らませたけれど、くんが優しく頬を撫でるから、あっという間に頬はしぼんでしまった。
「行こう」
「うん」
差し出されたくんの手を取って、駅に向かって歩き出す。日の昇っていない辺りはまだ薄暗い。こんな朝早くに外に出ることはほとんどないから、なんだか妙にドキドキしてしまう。
着いた駅もまだ人はまばらだ。ホームで始発電車を待っていると、冷たい風が吹き抜ける。
「寒……っ」
木枯らしに身を震わせると、くんがわたしの腰を抱き寄せる。くんの体温が伝わって、わたしは思わず笑顔になった。くんっていつもそう。わたしが寒そうにしていると、抱き寄せて暖めてくれる。
ぴたっとくんにくっつけば鞄からはモルガナちゃんの規則的な動きが感じられた。鞄の中ですやすやと寝息を立てているようだ。
「あ、電車来た」
始発電車は車両の中も人はほとんどいない。端の席に並んで座り、窓の外を眺める。
「間に合うかなあ」
「まだ大丈夫なはず」
くんのスマホに表示された日の出時間は午前六時。まだ余裕があるとは言え、白み始めた空を見ると焦る気持ちがあふれてくる。
電車に揺られること一時間強。わたしたちは海岸近くの駅で降り、海までの道を歩く。
「この季節に海に行くの、変な感じ」
「夏しか行かないもんな」
五分ほど歩いたところで、潮のにおいが近づいてきた。モルガナちゃんもようやく起きたのか、鞄から顔を出して鼻をすんすんと動かしている。
「あ!」
住宅街の交差点を曲がると、ぱっと視界が広けた。広い海が目に入って、感嘆の声が漏れる。
「海!」
「にゃー!」
「くん、行こう!」
「うん」
くんの手を引っ張って浜辺へと降りる。砂を踏むと、きゅ、と小さい音が鳴った。柔らかい砂浜の感触に頬が緩む。
「もうすぐだな」
くんは浜辺に腰を下ろすと腕時計で時間を確かめる。日の出まで、あと三分。
「あ……」
水平線に、じわりと太陽が昇り始める。青い海が、太陽の赤に染まっていく。
「綺麗だね……」
「ああ」
空と海が、赤と青が混ざったような、不思議な色に変わっていく。神秘的な光景に、胸が高鳴っていく。
「うにゃう!」
「すごいね、モルガナちゃん」
「にゃう~」
モルガナちゃんも砂浜に座り、朝日をじっと見つめる。目はすっかり覚めたようだ。
「朝の海って綺麗だな。夕焼けも綺麗だけど」
「うん。朝の色ってなんだか……特別な感じ」
波が揺れるたびに、朝の色の海が揺れる。ゆらゆら、きらきら。ちらりと横目でくんを見つめると、くんの瞳にも朝の海の色が揺れている。
くんは朝日が似合う。漆黒の髪や落ち着いた雰囲気は夜が似合うように思うけれど、その夜を越えた朝の希望の空気が、くんにそっくりなのだ。優しい色をした朝の光は、優しく強いくんのよう。
わたしはくんの肩に頭を乗せた。わたしたちが座る前に、モルガナちゃんが寝転がっている。
「綺麗だなあ……」
「ああ」
「にゃ」
そのままわたしたちは三人でじっと朝日を見つめた。なにも話さずに見つめているうちに、太陽が海から離れていく。
「昇ったね……」
「うん。綺麗だった」
「にゃー……」
すっかり昇った朝日は海だけでなく辺り一帯を照らしている。日が出たおかげか、空気も少し暖かくなった。
「朝の海って特別な感じがする。夕焼けの海はよく見るけど、朝はなかなかないから」
「そうだね。わたしも初めて見たかも」
立ち上がりゆっくりと伸びをする。早く起きてぼーっとしていた体も凛とした空気の中でしっかりと覚醒してきた。早起きは三文の得というのも納得だ。綺麗な朝日が見られた上に、まだ長い一日を楽しめるのだから。
「お腹減ったな。朝ご飯食べていく?」
「うん! あ……でもお店やってるかな」
「コンビニでなにか買う? それでここで食べる。ちょっと寒いけど」
「いいかも!」
「ニャア!」
モルガナちゃんはご機嫌な声で鳴くと、軽やかにくんの鞄に入った。モルガナちゃんもくんの提案に賛成のようだ。
「朝の海でご飯なんてなんだかわくわくするね」
「ああ。なに食べようか」
「うーん……迷っちゃうね」
くんと手を繋いで、朝の光の中コンビニまでの道を歩く。今日一日なにをしようか、そんな話をしながら。