隠し味






 くんのコーヒーは佐倉さん直伝だ。深みのある優しい味わいの、砂糖とミルクが入った甘いコーヒーが、わたしは大好き。
 だけれど、いつも淹れてもらってばかりでは申し訳ない。たまにはわたしがコーヒーを淹れることにした。くんがいつも淹れているコーヒー豆を使い、事前にくんから教えてもらったやり方で、二杯分のコーヒーを作る。うん、いい香りがしてきた。お揃いのマグカップにコーヒーを淹れれば、深みのあるいい色だ。
くん、できたよ」
 カップをお盆に乗せて、くんが待つリビングへ。くんは「ありがとう」と言うとさっそくカップに口をつける。わたしもドキドキしながら自分の淹れたコーヒーを口に含む。……けど。
「……おいしくない」
 くんが淹れたときのような深みもコクもない。見た目の色は悪くないけれど、味は天と地ほど違う。くんと同じ味になるなんて思っていなかったけれど、それでもこれほどの差とは。
「そう? 俺はおいしいと思うけど」
 くんはそう言ってくれるけれど、やはりおいしいとは思えない。唇を尖らせて、わたしはカップをテーブルに置く。
「やっぱりくんは佐倉さんにいろいろ教えてもらってるもんね」
 先ほどわたしもくんに少しばかり手ほどきしてもらったけれど、くんは高校生のときから佐倉さんにみっちり仕込まれている。長年の修行の成果が味に出ているのだろう。
「ね、なにかコツとかある?」
 とはいえ、手軽においしくなる方法はないだろうか。もちろん佐倉さんやくんのレベルで淹れられるなんて思っていない。でも、こう、ワンランク上に行くための方法がなにかあれば!
「コツ……」
「うん。せっかくだからわたしもおいしく淹れたい!」
 くんは手にしているコーヒーからわたしに視線を移す。わたしはその目をじっと見つめ返してくんの答えを待った。
「愛情」
 くんは真っ直ぐわたしを見つめてそう言った。 
「あ、愛情」
「うん。のこと好きだなって思いながら淹れる」
 直球なくんの言葉に、わたしの頬は熱くなる。
 愛情、愛情。うん、わかっている。くんが淹れてくれるコーヒーはいつも甘い。それが砂糖やミルクの甘味ではないことを、わたしだって知っている。
「わ、わたしも」
「ん?」
「愛情いっぱい淹れたつもり……」
 今のコーヒーを淹れたとき、くんへの愛情をたくさん淹れた。くんにおいしいって言ってもらいたい。くんにおいしいコーヒーを飲んでもらいたい。大好きなくんに。
「うん、だから最初においしいって言った」
 くんはうなずきながら、さも当然という具合にそう言った。
 そう、そうだ。くんは最初に「おいしい」と言ってくれた。ちゃんとわたしの想いは伝わっていたのだ。
くん……」
「ん?」
「好き……」
 たまらなくなって、わたしはくんに抱きついた。わたしはくんが大好きで、くんもそれをわかってくれている。
「うん。俺も好き」
「大好き!」
 よしよしと頭を撫でるくんの手が心地いい。
 くんのコーヒーはいつだって甘い。わたしが淹れたコーヒーも、わたしにとってはおいしくなくても、くんにはきっと甘いのだ。