あと10分




 近所にできたパン屋さんに行きたい、の今朝の言葉で今日の昼食はあっさり決定した。の道案内でたどり着いたのは駅からすぐのおしゃれな店だ。店内は若い女性で溢れていて、なるほどが来たいと行った理由に納得する。
「大学の友達に聞いた?」
「だ、大学じゃなくてバイト先です!」
 からかうように聞いてみるとは唇を尖らせる。どちらにせよ同年代の女子に人気な店ということだ。
 店内は広く奥にはイートインスペースもあり、自分たちと同年代であろう女性たちがきゃっきゃとおしゃべりしながら食事を楽しんでいる。雰囲気のいい店内で食べるのもよさそうだが、それはまた今度。今日はモルガナがいるのでテイクアウトだ。
「クロワッサンがおいしいんだって」
「そう。じゃあそれと……なににしようか。いっぱいあるな」
 店内は広い。ふつうの食パン、フランスパン、サンドイッチや惣菜パン、菓子パン……目移りするほどの種類のパンが並んでいる。昼食ならやはりサンドイッチや惣菜パンあたりか。
「どうしようかなあ」
「ワガハイ魚のやつがいい!」
「わっ!?」
 モルガナが鞄の中から顔を出すから慌てて押し戻す。「ぎゃっ」という声が聞こえたが気にする余裕はない。
「店で出るなって言ってるだろ。追い出されるぞ」
「うぬぬ……」
「モルガナちゃん、どうかしたの?」
 首を傾げるに「魚のがいいんだって」と伝えると、は笑って鞄の中のモルガナに「じゃあフィッシュサンド買っておくね」と語りかける。鞄の中から嬉しそうな「よっしゃ!」と言うモルガナの声が聞こえた。
 モルガナ希望のフィッシュサンド、それからカツサンドとミックスサンド、明日の朝食用の食パンをトレイに乗せていると、店の奥からいいにおいが漂ってくる。どうやらクロワッサンが焼き上がったようだ。
「いいにおい。いい時間に来られたね」
 は目尻を下げてクロワッサンをふたつ俺の持つトレイに乗せた。嬉しそうな様子を見ているとこちらの顔も緩んでくるし、は俺が笑ったのを見てまた笑う。
 会計を済ませて外に出ると、ちょうど太陽が真上に来ている。眩しい日差しに目を細めた。
「マーガリンあったっけ」
「まだ残ってたはず。でも少ないから買っておく?」
 手を繋ぎながらそんなことを話していると、モルガナが今度こそはと鞄から顔を出す。
「魚のやつ買ったか!?」
「買ったから安心しろ」
 答えを聞いてモルガナは満足そうな声を出す。その声を聞いては「あとで一緒に食べようね」とモルガナに語りかけた。
「あ、コーヒーのにおい」
 すんと鼻を刺激するのはチェーンの喫茶店から漂うにおい。いいにおいだ。ルブランに住んだあの一年間ですっかりコーヒー党になってしまった。
 はコーヒーのにおいに釣られるように喫茶店へと顔を向ける。ぐいと繋いだ手を引っ張ってに小さく問いかけた。
「コーヒー買ってく?」
くんの淹れたのがいい!」
 からは思った通りの答えが返ってきた。照れも他意もない、真っ直ぐな笑顔を言葉に心が満たされる。
「了解」
 の小さな手を握り直す。と俺とモルガナの住む家まで、あと10分だ。