花がひとつ咲く





 大学そばのアルバイト先からの帰りの電車、車窓にぽつぽつと雨の滴が落ち始める。
「傘、持ってないなあ……」
 電車の進行方向にはさらにどんよりとした黒い雲が浮かんでいる。今日の予報は終日曇りだったから折りたたみ傘も持っていない。駅で新しい傘を買わないといけないようだ。
 ついてないなあ、小さくため息をつくとくんからチャットが届いた。
「傘持ってる?」
 持ってない、すぐに返事を送ると「迎えに行くよ。何時に着きそう?」と返ってきた。
 着くのはあと十五分ぐらいだけれど、傘を買えばすむ話なので迎えに来てもらうのも悪い気がする。返事を迷っているとそんなわたしの考えを見通したかのようにくんから「どうせ夕飯買いに出るつもりだったから」と送られてきた。
「ありがとう、あと十五分ぐらいで着くよ」
 そう送ると「わかった。改札前で少し待ってて」と返事が来る。
 わざわざ来てもらうのは少し申し訳ないけれど、くんの心遣いが嬉しい。あと十五分、そわそわしながら流れる外の景色を眺めた。



 改札前で五分ほど待っていると南口からくんがやってきた。
「ありがとう、くん」
「ニャアッ」
 くんが答える前に鞄の中からモルガナちゃんが飛び出してくる。なにかを訴えているようだ。
「雨が降り始めたのに気づいたのはワガハイだからな、だって」
「そうなんだ。ありがとう、モルガナちゃん」
 胸を張るモルガナちゃんの額を撫でると、さらに鼻高々と言った具合に反り返る。「入らないと濡れるぞ」というくんの言葉でようやく丸まって鞄の中へ収まった。
「帰ろっか。夕飯の買い物もするんだよね?」
「そのつもり」
 駅の外へ出ようとしたところで、くんが「あ」と声を出して立ち止まる。
「どうしたの?」
「傘、一本しか持ってきてない」
「えっ」
 確かにくんの手にあるのはいつもくんがさしている黒い傘一本だけ。わたしの傘はない。
「ごめん」
「ううん、一本でいいの」
 相合傘なんて、そんなのわたしが嫌がる訳ないじゃない。自分の腕をくんの左腕に絡めると、鞄の中のモルガナちゃんが再び顔を出す。
「わざとじゃない」
 くんが少し不機嫌そうにモルガナちゃんの言葉に答えると、モルガナちゃんはすっと鞄の中に入ってしまった。
「どうしたの?」
「モルガナがわざとか? って言うから」
「わざとじゃないんだ?」
「俺はわざとなら素直に言うよ」
「確かに」
 くすくす笑いながらくんの言葉にうなずいた。くんはそういうところ変に誤魔化したりしない人だ。相合傘を最初からするつもりならそう言ってくれるはず。
くん、そういうこと全部言ってくれるもんね」
は二本持ってきといて「やっぱり相合傘がしたい」って言うタイプ」
「う……その通りだけど!」
 その通りというか、前にそのまま同じこと言ったのを覚えている。雨の日にくんのこと迎えに行ったときのこと。最初はそれぞれ傘をさして並んで歩いていたけれど、傘さしているとどうしても距離ができてしまうのが寂しくて、「そっちに行ってもいい?」と聞いたのだ。
「だって、いつも手繋いで歩いてるから」
「うん、俺もこのほうが好き」
 くんが優しい声でそう言うから、わたしは嬉しくなってくんの肩に頭を乗せる。雨のにおいに混じってふわりとくんの香りがした。
「夕飯、寿司でいい? 雨だからって特売してた」
「うん」
 くんの言葉のすぐ後に、鞄の中からモルガナちゃんのうれしそうな声が聞こえてきた。
 雨の日って、素敵だな。