カンパニュラの花言葉


大学生 夏

 わたしの地元のお祭りに、二年ぶりにくんとふたりでやってきた。二年前と違い今年はわたしだけでなくくんも浴衣姿だ。
「ふふ」
、今日はずっとご機嫌だ」
「だってくんの浴衣ずっと見たかったから」
 二年前に一緒に夏祭りに来た日から、ずっと見られるのを楽しみにしていた。薄らストライプが入っただけのシンプルな濃紺の浴衣はくんによく似合っている。
 それに、自分の浴衣も今回はお気に入りだ。浴衣自体は二年前と変わらないけれど帯をくんが結んでくれたのだ。
くん、本当に器用だね。前は髪も結ってくれたし、今日は帯も。どっちも初めてだったんでしょ?」
「うん。うまくやれてよかった」
 くんはわたしの帯をじっと見つめる。鏡のない今わたしからは見えないけれど、帯は明るい花が咲いたような花結びになっている。
「帯は明るいところでやったし一回失敗してもやり直せばいいかって思ってたけど、髪結ったのはさすがに緊張したな」
「そうなの?」
「暗いところだったし、初めてにちゃんと触れたから」
 その言葉で、わたしはくんの指がうなじに触れたときの感触を思い出す。あのときくんの指はかき氷で冷えていたのに、わたしのうなじは熱を帯びていたのを今でもよく覚えている。
くん、緊張したふうには見えなかったなあ。結ぼうかって言ったときも、結ってる最中もさらっとしてたし」
「そう? 首触っちゃったときなんかはかなり焦ったけど」
「焦ってたんだ?」
「そりゃ焦るよ。髪に触れるだけで緊張したんだから、首なんてさすがに」
 くんの指が触れたとき、驚きすぎてしまって「ごめん」と言ったときのくんがどんな声だったか気にする余裕なんてなかったけれど、くんも慌てていたのなら少しほっとする。
「懐かしいなあ」
 わたしはくんの腕に自分の腕を絡ませる。付き合った当初は手を繋ぐこともどうしようもなく恥ずかしかったのに、今はもう触れ合うことに強い照れがなくなった。それはきっと遠距離の時間があったことが一番の理由だろう。恥ずかしいなんて気持ちより、くんに触れて離れていた時間を埋めたい欲の方がずっと強い。もう離れることはないとわかっていても、触れていない一分一秒が惜しいと思う。
 くんと手を繋いだり腕を組んだりすると、触れた場所から甘いときめきと温かな安心感が全身に広がっていく。充足感に包まれて自然と笑顔になってしまう。
くんね、絶対こういう浴衣が似合うと思ったの。かっこいからこういうシンプルなのが一番」
「ありがと。のが熱心に選んでたもんな」
 去る二週間前、「浴衣買おうと思うけどどういうのがいい?」と渋谷のショップで聞かれ、それはもう真剣に悩んだことを思い出す。あまりに悩みすぎてくんに笑われたぐらいだ。けれどもくんが着る浴衣となれば真剣にもなるだろう。
「でもくん、よく花結びなんて結び方知ってたね」
「自分で浴衣着ないといけないから検索したとき、女性ものの帯の結び方も一緒に出てきたから。これ見た瞬間だって思った」
「わたし?」
「そう。可愛いなって、華やかで明るくてみたいだって思った。似合うだろうなって思ったけど予想以上だ」
 くんの言葉に、ほんのり頬が熱くなる。わたしみたい? こんな可愛らしい結び方が? 思わず体を捩って腰の帯を見ようとすると、くんがふっと笑う。
「似合ってるよ。可愛い」
 囁くようなくんの声に、頬に一気に熱が集まる。沸騰しそうなほどに熱くて思わず手で顔を覆った。
「あ、ありがと……」
「照れてる」
「照れるよ……」
「俺には言ってくるのに」
 うん、そう。好きだという気持ちを伝えること自体には、まだ少し恥ずかしさはあるけれど、それ以上に離れていた時間に直接伝えることができなかった気持ちを伝えたいという気持ちが強いから、自分では言えてしまう。しかし、言われるのはまだドキドキする。伝えるのと違い言われるときはいつだって突然だから。しかもくんはいつも好きだとか可愛いだとか、そういうことを言うときあまりにもさらっと言うのだ。特別なことといった雰囲気はなく、会話の端に自然と乗せてくる。その日常感が、好きや可愛いという言葉がくんの本心であると示しているようで、余計に恥ずかしくなるのだ。
「じゃあ言わない方がいい?」
 意地の悪い問いを放つくんの口元は弧を描いている。顎をあげたような仕草からして、くん、絶対わかっている。
「……くんってときどき意地悪」
 わたしはくんと腕を組み直して、頭をくんの肩に乗せる。ドクンドクンと響く鼓動はどちらのものだろう。
「可愛いとか好きって言われるの、恥ずかしいけど嬉しいよ」
 どんなに恥ずかしいと思ったって照れくさくたって、好きな人に好きと言われることが嬉しくないはずがない。くんに好きだと言われると、心の中に花が咲いたかのように明るくなる。
「そっか」
「うん、嬉しい」
「似合ってる、本当に」
「ありがとう。これ、ひとりでも結べるかなあ。難しそう」
「そんなに難しくないよ。俺が見たページは自分で結ぶ用の結び方も載ってたし。それに無理なら俺が結ぶから」
「……ずっと?」
「うん、もちろん」
 くんはほぼ表情を変えずに頷いた。そんなことを言われたら、この先もずっとくんに帯を任せたいと思ってしまう。
「さ、なに食べる?」
「あそこのお好み焼きおいしそうじゃない?」
「本当だ。じゃ、行こう」
 くんと一緒に見つけた露店まで歩き出す。ほかにもかき氷やあんず飴、たこ焼きも食べたいな。長い夜の、始まりだ。