コンビニアルバイトの同僚/3
そして迎えた月曜日、のアルバイトが終わる時間、はトリプルセブンの店員用の通用口の前でを待っていた。予定より十五分遅れた時間に、は通用口から出てきた。
「ごめん、くん。ちょっと忙しくて」
「大丈夫。行こうか」
「うん」
コンビニの裏手からセントラル街のメインストリートを通る。トリプルセブンのすぐ前がいつも先輩がいるビッグバンバーガーだ。は眼光鋭くハンバーガーショップを睨みつける。が、そこにいつもの先輩の姿はない。
「あれ……」
も彼がいないことに気づいたようで、きょろきょろと周囲を見渡し始める。しかし、ビッグバンバーガーの店内にも、セントラル街の周辺にも先輩の姿は見当たらない。
「いないな」
「ね……」
どこを見ても先輩の姿はない。今日はたまたまなのか、それとも本当に今までのことは偶然だったのか。
「とりあえずよかった……」
「安心するのはまだ早い。今日はたまたまいないだけかもしれないし」
「そ、そっか」
「とりあえずこのまま駅まで行こう」
「うん」
はにそう言ったものの、内心彼も安堵していた。本当に偶然の帰りの時間と彼の夕飯時刻がかぶっていただけかもしれないし、もしくは彼は自分との仲を疑っていたけれど、アルバイトのたびに一緒に帰る姿を見て諦めがついたのかもしれない。
渋谷駅までの道中でも先輩の姿は見当たらなかった。は見た目でわかるほどに安堵した様子を見せている。
「とりあえず今日は大丈夫だったけど、また次のバイトのとき声かけて。今日が偶然なだけかもしれないから。あと……そうだな、二回続けていなかったら安心してもいいかもしれない」
「うん、そうだね。そしたら……くんに迷惑かけなくてもよくなるし」
「だから迷惑じゃないって」
「ふふ、ありがとう」
そう話すの表情は朗らかだ。安心するのはまだ早いと言いつつも、やはり今日先輩の姿がなかったことは彼女にとって喜ばしいことなのだろう。
「うちの学校、もうすぐテストだからしばらくバイト入れてないんだ。次のバイトは再来週かな」
「わかった。じゃあ、そのとき」
「うん、バイバイ」
笑顔で手を振るを見て、の心も綻んだ。まだわからないとは言え、少なくとも今日彼女が安心して過ごせるのならそれはにとっても嬉しいことなのだ。
次の日の火曜日。授業が終わったは仲間をメメントスに召集しようとしていた。今ターゲットはいないものの、金城のシャドウを倒して少し時間がたっている。次のターゲットがいつ現れるかわからない今、鍛えておくことに越したことはない。
チャットアプリを起動し怪盗団のグループチャットを選ぼうとしたとき、スマホが着信を知らせた。相手はだ。
「もしもし、さん?」
「……くん? ごめんね、突然電話かけちゃって……今平気? 授業終わった?」
「うん、もう終わったけど……どうしたの? しばらくバイトないって言ってたけど」
「それが……その」
「うん」
「あの……」
電話の向こうのは随分と歯切れが悪い。なかなか本題に移ろうとせず、躊躇うような言葉ばかりを発している。
「……もしかして、先輩のことでなにかあった?」
この脅えた様子、十中八九彼の件だろう。そう考えたが問いかけると、は小さな声で「そう」と答えた。
「……授業終わって帰ろうとしたら校門の前に、先輩がいて……」
「え」
「慌てて教室戻ってきたの。先輩はわたしのことまだ気づいてないと思う。……わたし、学校のことバイトの人たちに言ってないのに、どうして……」
電話越しのの声は今にも泣き出しそうなほどに震えている。は居ても立ってもいられず、鞄をひっつかんで教室を出た。
「そっちに行く。さんは学校から出ないで」
「う、うん……」
「学校どこ?」
「渋谷から井の頭線で……」
「わかった。すぐに向かうから」
は電話を切り、走りながらの言っていた学校名を調べた。地図アプリで駅からの最短ルートを検索する。蒼山一丁目駅に来ていた電車に飛び乗ると、からチャットが届いた。
「先輩は正門前にいるから、南の裏門に来てほしい」
「わかった」
「裏門から帰ろうかと思ったけど、どこかで会ったらって思ったら怖くて」
「うん、ひとりで動かない方がいい。なにがあるかわからない」
「ごめんね」
「謝る必要なんてない」
電車の中でメッセージをやり取りしながら、は急いた心を抑えた。頭の中でこれまでのことを整理する。
は通っている学校名はアルバイト仲間の誰にも話していないと言っていた。も今彼女からのチャットで初めて彼女の学校を知った。ではどこから漏れたのか。アルバイト仲間に話していないと言えど面接時に履歴書は提出しているはずなので店長が教えてしまったのか。それとも……。悪い方向に考えればきりがない。とにかく今はのもとへ急がねば。
最寄り駅に着いたは、地図アプリを開きながら早足での学校までの道を歩く。地図の通りに歩くと正門前に出た。木の陰に隠れて門のあたりを確認すると、確かにそこには先輩の姿が見える。女子高のためか、正門を通る生徒たちは彼のことを珍しそうに見ている。怪しむと言うよりは少し浮かれた空気だ。おそらく生徒の誰かの彼氏だと思っているからだろう。
は先輩に見つからないよう裏門に回り、に連絡した。程なくして学校からが出てくる。
「ごめんね、いきなり呼びつけちゃって……」
「大丈夫。それより早く帰ろう。焦れたら裏門の方に回ってくるかも」
「うん……こっちからなら正門通らずに駅まで行けるから」
の案内に従い、は駅までの道を歩き出す。時折周囲を見渡し先輩の姿が見えないことを確認しながら。素早く、しかし慎重に歩き駅へと着く。学校から駅は徒歩十分の距離だが、改札を抜けたときマラソンでも走ったかのようにどっと疲れが押し寄せた。ホームにも彼の姿は見えないが、念のため電車のドアが閉まるぎりぎりのところで車内へ入った。車内アナウンスで「駆け込み乗車は……」と流れたがそれを気にしている場合ではない。
「家まで送るよ」
「……ありがとう」
はの言葉に遠慮することなく頷いた。彼女も遠慮している状況ではないとわかっているのだろう。
「……もう、バイト辞めるね。突然だからいろいろ迷惑かけるかもしれないけど……」
「気にしなくていい。そのほうが俺もいいと思う」
「うん……」
俯くの肩は震えている。当然だ。二度振った相手が学校の前に待っている。しかも彼女は彼に学校を伝えてはいない。今までのことを合わせて、の恐怖を煽るには十分すぎた。
「でも、学校知ってるなんて……」
ぎゅ、とは膝の上の手を震わせる。
も同じことを思っていた。今まではと先輩の接点がアルバイトしかない以上、がアルバイトを辞めればそれでこの件は終わることだと考えていた。しかし、先輩が学校を知っているとなれば話は変わる。彼はもうの学校まで乗り込めるのだ。下手をしたら自宅まで知っている可能性すらある。
「くん、ありがとう」
「いいから、早く中入って」
「……うん」
を自宅マンションの入り口まで送ったは、人気のないところに移動し鞄の中のモルガナに話しかける。
「モルガナ、どう思う?」
「こりゃあほぼ黒だろ」
「ほぼ、か」
「……一応、知り合い待ってたって可能性もまだあるだろ」
「それなんだよ」
もそこが気になるところではある。状況的に黒なのはほぼ確実だが、あと一押し、証拠が欲しい。
「コンビニ行ってみるか。店長や澁谷先輩がなにか知ってるかもしれない。それに先輩もシフト入ってたかも」
「そうだな。あいつの学校名だけでも聞ければ聞き込みもできるぞ」
「今日中に証拠を見つけよう。急がないと手遅れになるかもしれない」
モルガナと話していると、のポケットのスマホが震えた。からチャットが届いたようだ。
「くん、別れたばっかりでごめん。先輩からチャットが届いたの」
その文言と共に、スクリーンショットが送られてきた。先輩とのチャット画面のようだ。そこに書かれているメッセージに、は背筋を凍らせた。
「まだ帰らないの? 待ちくたびれた。早く会いたい」
まるで自分と一緒に帰るのが当然と言った具合の内容のメッセージ。これで確定だ。先輩は確実に校門でを待っていたのだ。
「どうしよう、無視でいいのかな。それとも何か返さないとまずいのかな」
「いや、無視でいいと思う。とりあえず今日は家から出ないで」
「うん……わかった」
チャットアプリを閉じ、は肩の上のモルガナに問いかける。
「……証拠は十分だな」
「ああ、嫌な形だがこれで確定だ」
「モルガナ、怪チャンの書き込みが予告状の代わりなんだよな」
「ああ」
「じゃあ今メメントスに行っても改心させられないってことか」
パレスのオタカラを出現させるために予告状が必要なように、メメントスのターゲットには怪盗お願いチャンネルの書き込みが必要だ。先輩の疑惑が確定した今、すぐにでもメメントスに行って改心させたいが、行ったところで改心させられないのであれば意味はない。
「三島に頼んでおこう。でも、書き込まれたらすぐにってわけにもいかない?」
「そうだな、ちゃんと本人や周囲が見て狙われてることを自覚しねえと……」
「じゃあ明日メメントスに行こう。学校終わったらすぐに……いや」
は再びチャット画面を開き、にメッセージを送る。
「明日も学校帰り、送っていくよ」
また明日も今日のように学校前で先輩がを待っているかもしれない。明日を家に送ってからメメントスに向かっても時間は十分あるはずだ。
「ありがとう」
今日と同じくは遠慮することなくの申し出を受け入れる。相当に脅えているのだろう。
「明日はさんを送ったらみんなを召集してメメントスに行こう。早く始末をつけないと取り返しがつかないことになりかねない」
「ああ、ワガハイも賛成だ」
「みんなにも連絡しておく」
はスマホを操作しながら駅へと向かう。そうと決まれば明日に備えなくては。
次の日、授業が終えたはすぐにの学校へと向かった。電車を降り昨日と同じ道を駆けて行く。裏門に着いたところでチャットを送ると、程なくしてが校舎から出てきた。
「くん……今日もごめんね」
「大丈夫。それより先輩は?」
「今日も正門のほうにいて……あっ!」
言葉の途中、の顔が一気に青ざめる。もしかして、はそう思い後ろを振り向いた。そこには先輩の姿がある。
「こっちにいたのか」
「なにしに来たんですか?」
は先輩からを隠すように間に立つ。どこかで隙を見てを連れて逃げなくては。
「を守りにきたんだ」
その言葉を聞いて、の背中に隠れるが肩をビクリと震わせた。ついこの間まで彼はのことを名前で呼んでなどいなかったはずだ。
「は本当は俺のことが好きなんだよ。俺はわかってる」
先輩は勝手な妄想をぺらぺらと喋り出す。もう完全に認知が歪んでしまっているようだ。
「だけど脅されてるんだ。だから逃げられない。俺が守ってやらないと」
「なにから?」
「お前からだよ」
先輩は指でを指す。狂気的な笑みを浮かべながら、彼は言葉を続ける。
「秀尽のやつに聞いたぞ。お前、傷害で逮捕されて保護観察中なんだってな」
「!」
まさかその話を持ち出されるとは思っていなかったは、思わず肩を揺らしてしまう。
「やっぱり本当か。大人しい顔してるけど裏ではとんだ犯罪者じゃねえか!」
「……」
はなにも言い返せなかった。傷害で逮捕されたことも、保護観察中であることも本当だ。数ある噂の中で本当のことだけを持ち出されるとは。
「うそ……」
後ろにいるが、震える声で呟いた。脅えた声だ。当然だ。今彼女の目の前にいるのはストーカーと犯罪者なのだから。
はゆっくりと目を閉じた。一瞬のうちに決意を固め、眼光鋭く先輩を睨みつけた。
「……だから?」
「な、だ、だから俺は犯罪者からを守ろうと」
「傷害で捕まった男の恋人に手を出すって、どういうことかわかってます?」
の温度のない声を聞き、先輩は「ひっ」と声を出して一歩後ずさる。その姿を見逃さず、はじり、と先輩に詰め寄った。
「く、来るなよ……っ」
慌てた彼は肩に掛けたスクールバッグを地面に落とした。反動でこぼれた中身のうち、一枚の紙を見ては驚愕する。
「それ……」
「あっ!」
先輩が拾うより早くは「それ」と回収する。一枚の紙は履歴書だ。名前の欄は「」になっている。
「それ、もしかしてわたしがアルバイトのときに出した履歴書……」
の予想通り、志望動機の欄を見る限りがコンビニバイトの面接時に出したものだろう。ただのアルバイトである彼がこれを持ち歩いているなんてどう考えてもおかしい。
「もしかして、盗んだんですか」
「いや、違……」
「じゃあどうしてここに?」
「……っ」
の詰問に耐えられなかったのか、先輩は逃げるように走り去る。は一瞬追うか迷ったが、やめた。裏門にはとだけが残されている。
「……くん、あの……」
「逮捕されたって話?」
は脅えた表情のまま、目を泳がせ震えた声でに問いかける。
「うそ、だよね。そんなの……」
のその声は一種の願いのようにも聞こえた。しかし、その願いは届かない。
「嘘じゃない。全部本当だ」
「え……」
「事情でルブランに住んでるって言ったろ。その事情って言うのがこれなんだ。傷害で逮捕されたのも、保護観察処分中なのも、本当」
は眉を下げ口を半開きのまま、を見つめる。が一歩に近づいた、その瞬間。
「や……っ」
たった一音の、絞り出すような声。を全身で拒絶する声だ。
「……履歴書、返すよ。これだけ受け取って」
「あ……」
は腕を伸ばしできるだけ自分の体から手を離す。はおそるおそると言った表情でそれを受け取った。
「……俺は帰るよ。先輩、もしかしたらまだその辺にいるかもしれない。できるなら親御さんに迎えに来てもらった方がいい」
「……え、っと」
「気をつけて」
はそれだけ言うと、から顔を背けた。ゆっくりと歩き校門を抜けると、鞄の中からモルガナが顔を出した。
「……」
「早くメメントスに行こう。先輩、もしかしたら本当に俺のことで忠告しようとしてたのかもしれないけど、履歴書盗んだりするなんて異常だし、なにより完全に思考が歪んでる。改心させないとまずい」
「そうだけどよ……」
「……もう、俺は現実では守ってやれないから」
の脳裏に、先ほどのの姿が浮かぶ。完全に脅えきった表情だった。もう、四軒茶屋を散歩したときのような笑顔を自分に向けてくれることはないのだろう。
「……わかった、急ごうぜ」
モルガナの入った鞄を担ぎ直し、は駅へと走り出した。電車の中で仲間たちに連絡し、みなが集まったところでアジトに集まり事の経緯を軽く話す。アルバイト仲間がストーカー被害に遭っていること。ストーカーはアルバイト先から履歴書を盗んで学校にまで押し掛け、相手も自分を好きだと思いこんでいること。それを話すとみな改心に同意してくれた。特に女性陣の怒りは甚大だ。少し形は違うが鴨志田のことも思い出されたのだろう。
「履歴書盗んだってことは家もわかってるってことだよね。 早くしないとまずいよ」
「ああ、だから急ぎたいんだ」
「了解、すぐにでも行きましょう。放っておけないわ」
ターゲットの情報を確認し、すぐにメメントスに潜った。モルガナを頼りにターゲットの場所を特定していく。
「間違いない、この階だぜ」
「了解」
真は気合いを入れてハンドルを切る。すぐに先輩のシャドウがいる場所は見つかった。黒い影を滲ませる彼のシャドウは、譫言のように「俺が、守らないと」と唸っている。
「守りたいなら、方法は間違えてはいけない」
のペルソナが、先輩のシャドウを貫いた。残されたオタカラの芽は絆創膏のように見える。
「それは……絆創膏か?」
「これが歪んだ原因ってことだよな……?」
歪んだ原因、おそらく先輩がに想いを寄せ始めたきっかけになるものだろう。しかし改心を果たした今、にはもう関係のないことだ。
「他にターゲットいねえけどどうする? ちょっと鍛えてくか?」
「……いや、今日はもう帰ろうぜ」
竜司の誘いに答えたのはモルガナだ。竜司は少々不満そうだが、メメントスでの足であるモルガナがそう言えば誰も逆らうことはできない。
そのまますぐに引き返し、怪盗団はメメントスを出た。は寄り道せずにルブランへ帰ると、自室へ上がりすぐにベッドへ倒れ込む。
「お疲れさん」
「モルガナもな」
「ワガハイこれぐらいどうってことないぜ?」
の横でモルガナははたはたとしっぽを振る。自慢げな様子には頬を緩めた。
「……改心、できたんだよな」
「ああ、そのはずだ」
「……明日、コンビニ行ってみるか……」
に対してああ言ってきたのだから、先輩が改心したのならに対しても何かアクションがある可能性はある。がに対して脅えてしまった以上、先輩が改心したかどうかは直接確かめるしかない。
「……今日はとっとと寝ようぜ。疲れただろ?」
「ああ、そうだな……」
は目を閉じる。瞼の裏に浮かぶのはの姿だ。一緒にこの周辺を歩いたときの、あの笑顔のの姿。
再びに花のような笑顔が戻るのならそれでいい。二度とその笑顔が自分に向けられなくとも。そんなことを思いながら、は眠りに落ちていった。