コンビニアルバイトの同僚/4
水曜日。は授業の合間に怪盗お願いチャンネルを確認するが、先輩の改心を示すような書き込みはない。やはりコンビニに向かうべきだろう。そう思ったは授業が終わりすぐに教室を出た。階段を下り昇降口を抜けると、校門が少し騒がしいことに気づく。
「あれ、どこの制服?」「誰かの知り合い?」
どうやら聞こえる声からしてどこか違う学校の生徒が校門前で秀尽の生徒を待っているようだ。ストーカーではなく、本当に待ち合わせだといい。そう思いながら校門を抜けたは、その噂の主を見て目を丸くした。
「え……」
そこにいたのはだった。きっと二度と会うことはないだろうと思っていた彼女の姿がそこにある。
「あ、くん、あの……」
「……どうしてここに?」
「くんのこと、待ってたの。その……少しお話して、いい?」
「……うん」
なぜ自分を待っていたのか、話はなんなのか。聞きたいことはあるが、秀尽の生徒たちが騒がしいここで聞くわけにもいかない。は駅前のコーヒーショップへを連れて行くことにした。
カフェの一番奥の席に座ると、はおもむろに口を開く。
「……今日の朝ね、先輩からチャットが届いたの」
はからスマホを受け取り、チャットのメッセージを確認する。そこには「今までごめん。最低なことをした。もう連絡もしない。バイトも辞める。本当に悪いことをした」と書かれていた。
「まだちょっと怖いけど……これで、大丈夫なのかな」
「……そうかもしれない」
「うん……それでね。昨日は、本当にごめんなさい!」
はテーブルに額がつきそうなほどに頭を下げる。が「さん」と呼びかけても顔を上げようとしない。
「昨日……あんなふうに、怖がってごめんなさい。くんのこと、きっとすごく傷つけたって思って……謝らなくちゃって思って」
「別に……怖がるの、当然だと思うし」
「そんなことない」
はようやく顔を上げると、の顔を見据え真剣な表情で言葉を紡ぐ。
「傷害って言うのがどういう経緯かわからないけど……でも、くん、わたしが先輩のこと話してから、ずっと親身になってくれてた。彼氏の振りだって一回だけって約束だったのに今までずっと付き合ってくれて……傷害が本当のことでも、くんはずっとわたしに優しくしてくれてた。それなのに、あんなふうに怖がって最低だったって思ってる。謝っても許されないかもしれないけど……本当に、本当にごめんなさい」
は再び頭を下げた。はその様子を見ていられず、「顔、上げて」と声をかけた。
「いいよ、先輩に脅えてたときに目の前に犯罪者がいるって言われたら脅えるの無理ないと思う。だからそんなに謝らないで」
「でも……」
「あんまり謝られるとこっちも居心地悪いよ」
「……そう? じゃあ……」
そこまで言ってようやくは顔を上げた。その表情にはまだ翳りが見え、自責の念が消えていないだろうことが窺える。
「何はともあれ、先輩がもうさんに付きまとわないならよかったよ」
「うん……。先輩、どうして突然こんなこと言ってきたんだろ……」
は再びスマホに目を向ける。先輩からのメッセージを確認しているのだろう。
「……まるで、改心みたい」
ぽつり、が呟いた言葉を聞いて、はから視線を外してコーヒーを口に運んだ。
「……さん、バイトはどうするの?」
「あ、バイトは……やっぱり辞めるよ。先輩も辞めるって言ってるけど、まだちょっと怖いし……」
「うん、そのほうがいいと思う」
「そ、それでね……」
はもじもじとテーブルの上で指を組みながら視線を泳がせている。そんなを見て、は急かすことなくの言葉を待った。
「バイト、辞めることになっちゃうけど……」
「うん」
「……また、連絡してもいい?」
はを窺うように、ちらりと俯いた顔から視線だけをに向ける。はそんなつもりはないのだろうが、上目遣いのような格好だ。少々には刺激が強く、は右手で口を覆うと視線を泳がせた。
「それは……もちろん」
「本当? よかった!」
はの言葉を聞いて顔を綻ばせた。周囲を明るくするその笑顔は、まるで満開の花のようだ。
「自分勝手なことばっかり言ってるってわかってるけど……でも、くんとバイト辞めてそれきりなんて、寂しいなって」
「うん。俺もそう思ってた」
「……そっか、それなら嬉しい」
は再び笑顔を見せる。溢れる笑顔が眩しくては目を細めた。
「あ……ごめん、わたしそろそろ」
「あ、時間?」
「実は今日からテストなの。最近集中できてなかったからちゃんと勉強しないと」
「ああ、そっか。俺もそろそろテストだ」
そう言ってふたりはカフェを出て電車に乗る。渋谷駅までは同じ電車だ。並んで座り、なんてことない話をした。テストの話、学校での友人の話。お喋りをしていると時間はあっという間で、すぐに渋谷駅に着いてしまう。
「じゃあ、またね」
「ああ、また連絡するから」
「うん」
はがJL線の改札をくぐるのを見送った。先日とは違う、穏やかな見送りだ。
「よかったな、」
が見えなくなったところで鞄の中からモルガナが顔を出した。校門前でと会ってからずっと鞄の中にいたのだ。
「ああ」
「ワガハイもこれで枕を高くして眠れるぜ」
モルガナは上機嫌な様子でそう言った。その言葉はのストーカーの件が片づいたことだけではなく、の恋路の行方も指しているのだろう。
「モルガナって結構優しいよな」
「そりゃあワガハイ紳士だからな」
鼻息を荒くふんぞり返るモルガナを見て、は笑った。
九月。夏休みが明けてすぐの日曜日の昼下がり。四軒茶屋の路地裏に、との姿があった。
「あ、猫ちゃん」
散歩の途中に茶トラの猫を見つけたは、ちっちと猫を呼んでみる。猫は少々警戒する様子を見せながらも、そろりそろりとの方にやってきた。
「野良猫かな、首輪してないし」
「たぶん。でも結構懐っこい」
もしゃがみ猫に手を伸ばした。額を撫でると猫はごろごろと甘える仕草を見せてくる。
「かわいいね」
「うん」
ひとしきり撫でると、猫は満足したのか突然つれない態度で塀の上へと跳んでしまった。
「あ、行っちゃった……」
猫は塀の上をてくてくと歩いていく。路地裏にはとだけが残されている。
「わたしも撫でたかったなあ」
「また今度だな」
「うん」
ふたりは立ち上がると、自然と手をつないだ。まだ暑い陽気、手は汗ばんでいるが気にする様子もない。
「次はどこ行く?」
「ルブランでお昼食べようか」
「うん! くんはなに食べたい? やっぱりカレー?」
「それはだろ。毎回カレー食べてる」
「だっておいしいんだもん」
明るく笑うの周りには、ふわふわと花が見えるようだ。少なくともにはそう見えた。二ヶ月前にはもう二度と自分に向けられることはないと思っていたこの笑顔がいつでも見られる距離にあることに、は心を綻ばせた。