怪盗団ファンの同級生/1
六月。雨が続く日より。金城の改心という目下の目標を達成した怪盗団は、各々思い思いの時間を過ごしていた。
が、には少々気になることがある。ここ最近、よく視線を感じるのだ。学校、通学電車、渋谷駅連絡通路のアジト……それはモルガナも同様らしい。
「怪盗団のことで誰かに目をつけられてるのかもしれねえ」
自室で潜入道具を作る横で、モルガナが真剣な面持ちで呟いた。
「俺もそれを考えたけど、学校ってのが気になる」
電車や渋谷駅はともかく、学校は教師と生徒しかいない。鴨志田事件の直後には校内に警察も来ていたが今はもう引いたはずだ。
「確かにな。もしワガハイたちを疑ってるやつがいたとしても、ただの生徒か教師ってことだ」
「一応竜司たちにも報告しておこう。みんなも感じてるかもしれない」
「そうだな。明日メメントスに行くんだろ? 三島から聞いたターゲットもいるし」
「その予定」
「んじゃ、この話はまた明日だ」
机の上でモルガナは丸まった。いやいや、この話は終わったが、まだ潜入道具は作り終えていない。初めて作る道具だ、モルガナに寝られたら困る。は慌ててモルガナを起こした。
次の日。メメントスに潜る前、ターゲットの相談をするためアジトに集まった。そこで最近感じる視線についても話をする。
「俺とモルガナはよく視線を感じるんだけど、みんなは?」
その問いに、怪盗団のメンバーは顔を見合わせ首を横に振った。
「視線って今もか?」
「いや、今は特に」
「まーそんな気にしないでいいんじゃね? 俺らの手口なんてわかりっこねえし」
「そう言ってマコトに録音されたのはリュウジだろ」
「うぐ……まあそうだけどよ、結局真だってこうして仲間になったんだし!」
「ま、その通りよね。もしあの録音持って行ったところで、証拠がなければ警察だってまともに取り合ってくれない可能性が高いわ。気をつけるに越したことはないけど」
「だからって萎縮してたら今苦しんでる人たち放っておくことになるもんね」
「だろ! 今日だってメメントス行くんだろ?」
「ああ。放っておくわけにはいかない」
言いながらはスマホを手にした。開くのは怪盗お願いチャンネルだ。そこには「改心させてほしい」という依頼が多く書き込まれている。この悲痛な願いを、は放っておけない。
今日のターゲットは男子生徒を奴隷扱いしているという女子生徒だ。三島によると男子生徒は相当苦しんでいるそうだ。助けなくてはいけないだろう。
メンバーにその話をしようとした瞬間、は背中に何かを感じた。例の視線だ。スマホ片手に、は小声で「今、多分見られている」とメンバーにだけ聞こえるよう呟いた。
「マジで? 今?」
「うん」
はゆっくり、ゆっくりと振り向いた。連絡通路の柱の横に、こちらを見つめる少女の姿見えた。彼女は秀尽の制服を着ており、も顔に見覚えがあった。
彼女はと視線が合うと、おもむろにこちらへ近づいてくる。
「ごめんね、じろじろ見ちゃって。珍しい組み合わせだなあって思って、つい」
彼女は肩を竦めると、言葉とは裏腹な悪びれた様子のない明るい声を出す。
「いや、別に」
「そう? じゃあ、私はこれで」
彼女は手をひらりと降ると、JL線の方へと歩き出した。彼女の姿が見えなくなったところで、怪盗団全員がふうと息を吐いた。
「視線というのは彼女か?」
「多分」
「あの子、確か竜司のクラスメイトじゃない?」
「あー、そう。だな。話したことねえけど」
なるほど、同学年ならば見覚えがあるのもうなずける。は竜司から彼女の基本的な情報を聞こうとしたが、竜司もあまり詳しくはないらしい。
「名前くらいしか知らねえよ」
「下の名前は?」
「知らねえ」
「クラスメイトなのに?」
「いや関わりないやつのフルネームとかクラスメイトでも覚えなくね?」
「どんな子かも知らないの?」
「どんなって……フツー。クラスの中では別に浮いてもねえし目立ってもねえし」
「そう……」
「マジで視線の正体がならやっぱそこまで心配しなくていいんじぇね? ただの高校生だろ」
「油断はよくねえぞ。一応イセカイナビ使うときは周囲に注意しろ」
「だな。彼女のことも気にしておいてくれ」
「了解」
の言葉に一番に返事をしたのは真だ。それからほかのメンバーもぱらぱらと頷いた。
しかし、翌日に思わぬ形では彼女のことを知ることになる。
「こんにちは、今日からこちらのバイトに入ります、です」
がアルバイトをする地下モールの花屋に、彼女はアルバイトとしてやってきたのだ。
「くん、だよね。同級生の」
「そう。さんは竜司のクラスメイトって聞いてる」
「うん。坂本くんとは話したことないけどね」
「よろしく」
「こちらこそ、よろしくね」
の背中に、汗が一筋流れる。まさか花屋なんて高校生の中ではマイナーなアルバイトがかぶるとは、やはり彼女は自分を怪しんでいるのかもしれない。
がバックヤードで店長と仕事をしている間、は棚の鞄の中にいるモルガナと話をした。
「もしかして、オマエがいるって知ってこのバイト選んだのか?」
「さあ……わからないけど」
「しっぽ出さねえようにしろよ」
「わかってる」
が自分を見ていた理由も、アルバイトに来た理由もにはわからない。現状警戒を解くわけにはいかない。アルバイトを終えたら一応みなにもこのことを報告しておかなくては。
その後も何度かとアルバイトがかぶることがあったが、特にに怪しい点は見当たらなかった。いつもする話と言えばアルバイトの話、学校の話。花屋のアルバイトを選んだ理由もそれとなく聞いたが、「情報誌で募集しているのを見つけたから」とと同じ理由が返ってきた。が自分と同じアルバイトを選んだのは本当にただの偶然かもしれない。そう思う一方で、の心にはひとつ引っかかることがあった。がアルバイトを始めてから、例の視線を感じなくなったのだ。
視線を感じなくなったのは、アルバイトでを監視できるから他で監視する必要がなくなったからか。それともたまたま偶然か。答えが出ないまま、暦は七月に入った。
期末テストを間近に控えたある日、は花屋のバックヤードでが熱心にスマホを見ていることに気づいた。は「なに見てるの」と聞きながらの前に座る。
「これ」
は隠すことなくにスマホの画面を見せた。そこに表示されているのは怪盗お願いチャンネルだ。
今までとの話題は学校やアルバイト、テレビで見たバラエティやドラマばかりだった。これだけ話題になっている怪盗の話を、一度もしたことがない。怪しまれるかもしれないという危機感を抱いているからは話を振るわけはないが、もに怪盗の話題を振ることはなかった。それが今はのほうからに怪盗の話を持ちかけている。しっぽを掴まれる危険もあるが、彼女の狙いを見定める絶好のチャンスでもある。はゆっくりと口を開いた。
「さんは、怪盗のファン? それとも否定派?」
「否定派って、怪盗団の手法はやばいやつだーとか、そういうあれ?」
「まあ、そっちも含めて。あとは存在そのものが嘘だっていう話もある」
は持参したタンブラーをテーブルの上に置き、少し考える。を見た後、もう一度スマホに視線を落とした。
「私ね、バレー部だったの」
それは突然の言葉だった。のクラスメイトである竜司からも、バレー部に親友のいる杏からも聞いていない。は身を乗り出し次の句を待った。
「体罰もセクハラも、本当に辛かった。一年間地獄みたいだった。PTAや教師に言っても誰も取り合ってくれない。このまま死んじゃうかと思った」
はまるで物語を紡ぐかのように、淡々と抑揚のない声で言葉を続けていく。
「今思えば部活辞めればいいじゃんって思うんだけどね、そういう思考ももう全部なかったの。逆らったら余計にエスカレートするだけ。だから反抗しないでずっと大人しくしてた。それしか身を守る術がなかったから。だけど……五月のあの日、怪盗団が現れた。鴨志田はいきなりやってきたこと認めて謝って、捕まった」
「……じゃあ、さんは」
「熱狂的な支持派です」
がに見せたのは怪盗団のマークが描かれたスマホの壁紙だ。
「私からしたら、怪盗団のこと批判するやつなんてクソ食らえよ。確かに無理矢理改心させるなんて正しい方法じゃないかもしれないけど」
は今までのような淡々とした様子から一転、瞳から光を消し去る。はの周りが暗くなったような錯覚に陥った。
「怪盗団のことを批判している連中は、誰ひとり私たちを助けてくれなかった」
はテーブルの上に握り拳を作った。外から見るだけで、その力が異様に強いことがわかる。
「……鴨志田はいなくなったけど、ボール見るのも怖くなってバレー部やめちゃった。だから暇になった時間でバイトしてるの」
「……そう」
「私ね、怪盗団のこと本当に応援してるの、くん」
くん、そう名前を呼んだときのの声が妙に含みを持たせていることに気づいたは、テーブルの下で足を組み再び彼女の言葉に耳を傾ける。
「くんと仲のいい坂本くんも高巻さんも、鴨志田の被害者だよね」
「うん」
「この間一緒にいた喜多川くんは斑目の門下生だったって」
「……らしいね?」
「新島先輩も、例の犯罪グループこと探ってたって聞いたことあるの」
つ、との背中に汗が流れる。は、ほぼ確実にたちが怪盗団であることに気づいている。
「応援してるよ、怪盗団のこと」
「……なんで俺に言うの?」
「ふふ」
はの問いかけにただ笑顔で返すだけだ。まるで三島のようだ。証拠はないながらも怪盗団の正体に気づいており、通報などをするつもりはなく、ただ応援している旨を伝えてくる。
「頑張ってね」
の言葉に、は「なにを?」と返したけれど、彼女からはまた笑顔だけが返ってきた。
その日の帰り道、鞄の中にいるモルガナとの件を話し合う。
「とりあえず警察に駆け込まれる心配はなさそうだな」
「ああ。確信を持っているだけみたいだし、応援してるみたいだからそっちの心配はなさそうだ」
「ああいう言い方じゃあ下手に否定もできねえしな」
「ああ」
ただは確信を持って話しているだけで、こちらに「怪盗団でしょ」と聞いてきているわけでもない。この状態で「怪盗団ではない」と執拗に言うと、余計に疑惑を深めそうだ。
「イセカイナビを使うときは気をつけよう。周りを巻き込まないよう、見えないように」
「そうだな。いくら応援してるったって証拠掴まれたら危ないかもしれない」
「ああ」
「にしても、クソ食らえなんてすげえこと言うな。……それだけ苦しかったんだろうな」
モルガナが反芻したのは先ほどのの言葉だ。もあの言葉は引っかかっていた。
とは数えるほどしか話していないが、荒っぽい言葉遣いをするようなタイプには思えない。そんな言葉を使いたくなるほどに、は鴨志田に恐怖を覚えていたのだろう。
「気づかれてるってのはちょっと怖いけど、応援してるって言われるとやる気出るな。批判してる連中なんてクソ食らえだな!」
「……そうだな」
「おいおい、なんだよその小さい声は。……もしかして、明智みたいなやつらの言うこと気にしてんのか?」
「そういうわけじゃない」
自分たちのしていることが間違っているとは思わない。が言っていた通り、怪盗団の改心の手法を間違っていることと見なし行使しなければ、今もをはじめとするバレー部員は苦しんでいたままだった。祐介だって斑目のもとで絵を盗まれ虐待の日々が続いていただろう。金城だってそうだ。野放しになっていたら、多くの人間が被害に遭ったままだった。
しかし、外側から無理矢理心をねじ曲げるようなやり方を、百パーセント正しいとも断言できない。それは自身もわかっていた。だからこその全会一致のルールだ。そして斑目のときもそうだったが、パレスがあるというだけで改心を決めない。実際の被害の声……証拠を集めてからでないと改心を決められない。
冤罪で裁かれる苦しみを、は誰より知っている。
「批判の声だけ聞いて、苦しんでいる人たちの助けを求める声を無視することはできない」
「ああ、そうだよな。これからもやってやろうぜ」
「もちろん」
は鞄から出したモルガナの拳と、自分の拳を合わせた。
自分のやっていることは、決して間違ってはいない。そう信じながら。
それからも何度か、はとアルバイトの時間を共にした。夏休みに入ると、特に彼女は「お小遣いを稼ぎたいから」と言って頻繁にアルバイトに入るようになったらしく、自然と顔を合わせる機会も増えた。
八月のとある日のこと、アルバイト先でひとつのトラブルが起きる。店長が納入した開店祝いのフラワースタンドの店名が間違っていたというのだ。結局客側の発注ミスと判明したが、お盆の繁忙期に加え店長のバックアップもしなくてはならなかったため、アルバイトが終わるのは普段より遅くなってしまった。
「迷惑かけてごめんなさいね。お疲れさま」
「いえ、店長こそお疲れさまでした」
店長に挨拶をし、はと共に地下モールを出た。日の長い八月にも関わらず、外はもう真っ暗だ。
「くんもお疲れさま」
「さんも。電車、何線?」
「田苑都市線」
「一緒だ。駅は?」
の答えは四軒茶屋のひとつ向こうだ。もう遅い時間、駅から家までも遠いようだしは送っていくと申し出た。
「そんな、いいよ」
「でも暴行事件もあるみたいだし」
三島から渋谷を中心に暴行事件が発生しているという情報を少し前に得た。基本は渋谷の町で起きている事件らしいが、渋谷から電車で一本、近いと言えるの地元にまで被害が及ぶ可能性は十分にある。
「なにかあったら嫌だし、送ってく」
「……ありがとう」
の言葉に怖くなったのか、は頷いた。ふたりで渋谷駅から田苑都市線に乗り、の家へと向かう。
「暴行魔って、怪チャンにも書かれてたよね」
「みたいだ」
「改心ってできないの?」
「それ、俺に聞く?」
「あ、そっか」
くすくすと笑うの隣で、は前髪を指でいじる。いくらが怪盗団応援の立場とはいえ、素直に「はい、自分たちが怪盗団です」とはまだ言えない。
「でも、暴行魔なんて本当に怖いよね。店長も怖がってるみたいだし……」
「ああ」
「ね、これはね、あくまでくんに聞いてることとして捉えてほしいんだけど」
は珍しく、言いにくそうにもじもじと指を動かしながら言葉を紡ぐ。は大人しくその言葉の続きを待った。
「怪盗団ってどうして心の怪盗なんてやっていると思う?」
の予想外の質問に、は顔を上げた。の顔を見れば彼女は真剣な表情でを見ていた。
「……あくまで、俺のってことだよね」
確認のための言葉に、はすぐに頷いた。
「うん。これだけ有名になっても正体を明かさない。見返りを求めることもしない。どういう信念でやってると思う?」
は眼鏡を直しながら、自分の中にある感情に思考を巡らせる。怪盗団を始めたのは、続けたのは、なぜか。
「……多分、苦しんでる人たちを放っておけないんじゃないかな」
「放っておけない、か」
「そう。ただ……理不尽に人を傷つけるやつを許せない。苦しんでいる人間がいたら助けないわけにはいかない。批判されようと、誰になにを言われようと関係ない。彼らの正義はそこにある」
は言い切ると、の表情を窺った。彼女は穏やかに笑っている。
「……そっか」
「あくまで俺の考えだよ」
「うん、わかってる。そっか……」
は俯きながら、か細い声で呟いた。
「……親はね、怪盗団って怖いわねって言うの。人の心を操って、私刑みたいな真似をしてって。娘が……怪盗団のおかげで助かったとも知らずに」
呟く彼女の瞳には、じわりと涙が浮かんでいる。膝の上で握った拳は震えており、彼女の当時の恐怖が伝わってくるようだった。
「……そう」
はポケットに入っていたハンカチをに渡した。はそれを受け取ると、柔和に笑う。
「ありがと」
「ん」
「……なにを言われたって、なにがあったって、わたしは怪盗団のこと応援するよ。あの日、鴨志田からわたしたちを助けてくれたのは紛れもなく怪盗団だもの」
はハンカチをぎゅっと握りしめる。その隣で、は自分の言葉を反芻していた。
自分のやっていることが、間違っているとは思わない。これは自分の中の曲げられない正義で、なにを言われても揺らぐことはない。きっとこれからもそうだろう。
ただ、の話にも出てきた「私刑」という言葉。これは忘れてはいけないことだと思っている。自分たちがやっていることは、とても、とても危ういことだ。それを心に刻んでおかねばならない。