怪盗団ファンの同級生/2
それからも、とのアルバイトの日々は続いた。と言っても、は空いた時間に花屋のアルバイトに赴くだけなので、週に何度も会うわけではない。
そして迎えた十月、奥村社長の謝罪会見の日。怪盗団の予告状の直後、生中継の真っ最中に亡くなった奥村社長。殺したのは怪盗団だという説を唱える人間も少なくない。
もちろん、たちはやっていないという確信があった。一瞬何かを間違えたのかとも思ったが、段々と何者かにはめられていることがわかってきたのだ。
しかし、世論はそうは思わない。今まで怪盗団を批判していた人間たちはほら見たことかと語気を強めた。怪盗団を支持していた者たちも、手のひらを返したように怪盗団は殺人犯、犯罪者と声を揃える。
中間テストを終えた週末、のスマホにメッセージが届いた。からだ。
「バイト、来ないの? 店長忙しそうだよ」
書かれていたのはたったそれだけだ。確かに奥村の会見から花屋にはまったく顔を出していなかった。それは怪盗団として集まったりテストの準備したりと忙しかったためでもあるが、と顔を合わせづらかったことも理由のひとつだ。
はが怪盗団であることを知っている。怪盗団が殺人犯と噂される中、になにを言われるか、どんな態度を取られるか不安だったのだ。
しかし、のこのメッセージから言ってに脅えているわけではないようだ。は心を決め、渋谷へと向かった。
着いたアルバイト先、ラフレシ屋。そこでは店先に立っていた。
「くん」
「お疲れ」
「くんもね」
は相変わらずに柔和な笑みを向ける。あのようなメッセージを送ったからには……怪盗団を殺人犯と考えていないのはわかっていたが、それにしても以前と変化がなさすぎる。
「……怖くないの?」
思わずはそう聞いてしまった。この言葉自体、自分が怪盗団であることを認めているようなものだが、ほぼ確信を持っているに濁した聞き方をしても仕方ない。
「怖いって……ああ、そっか。奥村社長の件……」
「……」
「……怖くないよ。私ね、怪盗団のこと少しだけ知ってるけど」
は小首を傾げ目を細める。浮かんだ笑顔は花のようだ。
「人を殺すような人じゃないって、知ってるから」
真っ直ぐな視線、真っ直ぐな言葉。優しいながらに力強い声は、の心に深く突き刺さった。
「……そっか」
「うん」
「……ありがと」
「どうしてくんがお礼言うの?」
変なの、と言いながらはくすくすと笑う。その笑顔を見て、は心が温かくなるのを感じた。
それからも、とのアルバイトの日々は続いていく。世間は怪盗団への批判で渦巻き、たちも一か八かの賭けを練っている日々の中で、アルバイトをする穏やかな時間がにとっては救いだった。
十一月の半ば、アルバイトの帰り道。今日はとは終わりの時間も同じだったため、田苑都市線で隣に座り帰路につく。
「ん……」
隣のが、ふわふわと船を漕ぎ始めた。ぐらりと揺れての肩に寄りかかる形になる。
そういえばアルバイトの最中も少々疲れが溜まっている旨を話していた。が降りる駅まで十分程度。寝かせておいたほうがいいだろう。
すうすうと、すぐ隣での寝息が聞こえてくる。の中にほんの小さな欲が溢れ出す。
しかし、は息を吐いて感情を落ち着ける。眠る相手に、それはするべきではないことだ。
「さん、起きて」
「へ……」
の地元駅の手前ではの肩を揺する。眠りは浅かったのだろう、はすぐに目を覚ました。
「あっ、ご、ごめん。寝てた?」
「気持ちよさそうだった」
「う……」
「疲れてるって言ってたし」
「ん、起こしてくれてありがとう。あと……肩、ごめん。しかも四茶過ぎちゃったし……」
「別に。ここまで来たし家まで送るよ」
「えっ、そんなの悪いよ……」
「いいから」
半ば押し切るような形で、はとともに電車を降りた。と歩く帰り道は、ずいぶんと穏やかだった。
十一月の終わり、生還トリックの直後。は迷いながらも花屋に顔を出した。
も件の報道は知っているだろう。が「実家に帰る」という名目で学校を休んでいることも。の顔を見てがどんな表情をするのか、不安に思いつつ花屋を訪れる。
「くん!」
の顔を見て、は心底ほっとしたような表情を見せる。きっともあの報道での身に何かあったのではと不安に駆られていたのだろう。
「無事でよかった」
「何の話?」
しかし、あくまではに対し怪盗団であると明言はしていない。「よかった」と言われたところで首を傾げるほかない。
「ふふ、こっちの話」
「……ん」
「学校サボるなんて悪い人」
「幻滅した?」
「まさか」
の変わらぬ笑顔に、は心の内が温かくなるのを感じる。この場所があってよかったと、心から思う。
クリスマスイブ。獅童を改心させ、異世界も消した。怪盗団最大の、そして最後の仕事が終わった。は明日、出頭することを決めている。出頭を頼んだ冴は申し訳なさそうな表情をしていたが、はこれでいいと思っていた。
一年間入ることになると思われた少年院は、たったの一ヶ月半で終わった。どうやら仲間たちが冤罪の件について無罪を証明してくれたようだ。
二月十三日、出所の日。ルブランで仲間が迎えてくれた。戻ってきたモルガナと共に楽しい時間を過ごしている最中に、竜司がふと口を開いた。
「そういや、がのこと気にしてたぜ」
の名を聞いて、は心をざわめかせた。
自身ものことが気になっていた。怪盗団を応援していた彼女は、自分の少年院送致をどう思っただろうか。
はに「明日会えないか」とメッセージを送ってみた。返事はすぐに来た。「私も会いたい」と。場所はルブラン、学校の後にすぐに向かうとのことだ。
迎えた翌日。はすぐにルブランへやってきた。バレンタインのため勘違いしたのか、惣治郎もモルガナも早々に退散してしまう。
「コーヒー飲む?」
「うん、ありがとう」
は淹れたコーヒーをの前に置き、テーブル席に座るの真正面に座った。はコーヒーを一口飲むと、を真っ直ぐに見て口を開く。
「……くん、やっぱり怪盗団だったんだね」
「気づいてたんだ」
「白々しいなあ。私が知ってることに気づいてたでしょ?」
「何の話?」
お互いの笑い声が店内に響く。声が途切れたところで、今度はから話を始める。
「俺が出頭した経緯とか聞いてる?」
「うん、多少は。だけど……今日はちょっと聞きたいことがあって」
は神妙な面持ちで、カップを握りしめる。震える唇でに問いかけた。
「……どうして出頭したの?」
「それは……」
はカップの持ち手をいじりながら、少し思案する。出頭したのは獅童を立件するため、怪盗団のほかのメンバーを守るため。それ以外に、もうひとつ。
「悪人は、罪を償わなきゃいけない」
「くんは、悪人?」
の言葉に、はすぐに反論するように言葉を挟んだ。
「くんは、なにか悪いことした?」
の表情は悲痛そのものだ。はが、怪盗団は捕まるような罪を犯していないと、そう言いたいのだろう。
「俺は、間違ったことはしたと思ってない。鴨志田も斑目も、ほかの連中も獅童も、放っておくわけにいかなかった。あのまま放っておいたら被害者がただ増えるだけだ。後悔なんて微塵もしてない。もし時間が巻き戻っても、俺は何度だって同じことをする。それが俺の、曲げられない正義だから」
の言葉に、は静かに耳を傾ける。真剣な目で、唇を震わせながら。
「でも、出頭も必要なことだったと思ってる。人の心を無理矢理ねじ曲げる、それが絶対的に正しいやり方だとは思ってない。心を勝手に変える、それは」
「悪?」
の問いかけにはゆっくりと頷いた。テーブルの上で指を組みながら言葉を紡ぐ。
「そう。悪いことだと思う。自覚があるから全会一致や証拠があるまで動かないルールを作った。でも、そんなルールを作っても怪盗団をやめなかったのは」
「自分の正義を、曲げたくないから?」
「そう」
自身、矛盾している自覚はあった。怪盗団の行う改心は正しいこととは言えない。むしろ悪だとする気持ちすらある。しかし、理不尽を強いる連中を放っておくこと、その連中に苦しめられている人々を放っておくことはできない。自分たちが持つ心を盗むという手段を使えば助けられる人間を助けないこと、そんなことはの中の正義が許さなかった。
悪の自覚と自分の中の正義。相反する意識の中でが取った選択がこの一年だった。怪盗団の活動はやめない。しかし、それに対する罪は確かに償うこと。それを含めてのの中の正義だった。
「……くんって大人だね」
「そう? むしろ子供だからこんなこと言えると思うけど」
「そういう部分もあるかもしれないけど、自分を俯瞰して見てるところが」
は手の中のコーヒーカップに視線を落とす。その目は少し寂しげだ。
「まあでも、俺はきっと大人になっても同じ選択をすると思う。怪盗団のことも、出頭のことも」
「うん、そっか……」
はカップをソーサーに置くと、を真っ直ぐに見つめた。その目が真剣なことに気づいたは、自分もカップをテーブルに置いた。
「前も言ったけどね、私、本当にバレー部にいるとき苦しかった。だから怪盗団のこと神様みたいに思ったよ」
「うん」
「ずっとちゃんと、お礼を言いたかったの。あのとき、わたしたちを助けてくれてありがとう」
の言葉が、の心に沁み入っていく。その言葉が、なによりうれしい。
「どうしても怪盗団の正体が気になってね、鴨志田を狙ったぐらいなんだからきっと秀尽の生徒だと思った。きっとバレー部か、去年問題を起こした陸上部。そう考えたとき、そういえば三島くんと坂本くん、それにくんが鴨志田先生に歯向かって退学になるって噂があったこと思い出して。もしかしてこの人たちが? って気にしてたら鴨志田先生に迫られてたっていう高巻さんとも仲良くなるし……。決め手は斑目のときだった。突然洸星高校の子と仲良くなって、調べてみたらその人は斑目の弟子だったって言うんだよ。もう、絶対この人たちが怪盗団だって」
「証拠はないんじゃ?」
「ないけどね、実はこれ」
はスマホを取り出すと、ひとつの音声データを再生した。入っていたのは竜司の声、真が以前録音したものとほぼ同じものだ。
「もしかしたら怪盗ごっことかそういう話かもしれないと思ったけど、メンバー的にももう疑いようがないって思ったの。でも、私は本当に怪盗団のファンだから、ただ力になれたらな、お礼を言えたらなって思って、リーダーっぽいくんに近づいたの」
「なるほど、それで花屋に?」
「うん。クラスは違うけど、バイトが同じなら接しやすいかなって思って」
「大胆だ」
「我ながらすごい行動力って思うよ。でもね、ちょっとだけ誤算」
「誤算?」
はテーブルの上で指を組むと、頬を染めながら照れたように俯いた。ちらりちらりと何度かを見て、小さな唇を動かす。
「怪盗とか、そういうの関係なしにね、くんのこと好きになっちゃったみたい」
の言葉に、の思考は止まった。まさかそんな言葉が彼女から出ると思っていなかったのだ。
「え……」
「いや、関係なしってわけにはいかないかな……でも、本当にくんのこと好きだって思ってる」
の声は真っ直ぐだ。そこに嘘偽りは見えやしない。
は少し考えた後、口を開いた。
「……俺は、来月地元に帰る」
「うん、坂本くんから聞いた」
「しばらくの間離ればなれだ」
「わかってる」
の言葉に、はひとつひとつ頷いていく。はすべてわかっていて、に気持ちを伝えたのだ。
「遠距離でもいいよ、私」
の返事を待たずに、は笑顔でそう言った。決定的な言葉こそないものの、の言葉たちは答えを言っているようなものだった。
「うん……」
は立ち上がり、の隣に移動する。の肩を抱き寄せて、囁いた。
「俺も好きだよ」
との唇が、触れ合った。
三月十九日。の帰郷の前日だ。はルブランを出た後、渋谷の花屋へと向かった。今日もはそこでアルバイトをしているはずだ。
ラフレシ屋の前にが着いたとき、ちょうどは接客を終えたときだった。すぐにはの姿に気づき、営業スマイルでない笑顔を浮かべる。
「くん」
「バイト、順調?」
「順調だけどね、三月いっぱいで辞めるの」
の言葉には目を丸くする。怪盗団のことを探るために選んだアルバイトらしいが、それでも花を扱うはには楽しそうに見えていた。
「バレー部、復帰しようかと思って。もう三年だから夏までになるけどね」
「ああ、そっか」
「やっぱりバレー好きだしね。少しの間でもやりたいなって思って」
「頑張れ、応援してる」
「ありがとう」
そう言って笑ったの表情は、希望に満ちたものだった。これならきっと大丈夫だろうと思えるほどに。
「……くん、向こうに行っても元気でね」
「ああ、さんも」
「うん」
はの手にそっと触れた。その目の端に、涙が浮かんでいるのをは見逃さなかった。
「また……会おうね」
「もちろん」
「ん……」
は涙を拭うと、精一杯の笑顔をに向ける。
「行ってらっしゃい」
の言葉には驚きつつも、心を震わせた。そうだ、自分はまたきっとここに帰ってくる。
「ああ、行ってくる」