いい夫婦の日


 とある日曜日の夕方五時過ぎ。くんとモルガナちゃんと三人でおでかけした後、ルブランにお邪魔してゆったりとしたコーヒータイムだ。
「デート帰りかい?」
「はい、紅葉見に公園行ってきました」
「乗り換えで四茶の近く通るんで、ルブランに寄って帰ろうって話になって」
「へえ、相変わらず仲いいねえ」
「おかげさまで」
 カウンター席の隣、笑顔で佐倉さんに答えるくんを見て、わたしも表情が緩む。くんとは仲良くやっている自覚があるけれど、くんに近い存在の佐倉さんから見てもそう見えるのは純粋に嬉しい。
「仲良しだって」
 嬉しくなってくんの鞄から顔を出すモルガナちゃんの額を撫でた。「にゃあ~」と長く鳴いているけれど、頷いてくれているのかな。
「デートなのに猫連れてきてんの?」
「もちろんです!」
 公園でのお散歩デートはいつもモルガナちゃんも一緒だ。春のお花見もそう。三人で一緒にのんびりする時間が、わたしは大好き。
、お前もそれでいいの?」
「なにが?」
「いや……お前がいいんならいいか」
 くんと佐倉さんが話している隣で、わたしはモルガナちゃんを鞄から抱え上げた。今はほかにお客さんもいないので大丈夫だろう。
「モルガナちゃん、楽しかったね」
「にゃ」
「でもちょっと冷えちゃったから帰ったら暖かくしようね」
「んにゃ!」
 モルガナちゃんの額を撫でながらなんてことない言葉をかけていく。わたしはモルガナちゃんの言葉はわからないけれど、表情や声のトーンで頷いていることや喜んでいることはわかる。モルガナちゃんも今日のお出かけは楽しんでくれたようだ。
「そういえば夕飯どうする? 作るなら当番だ」
「あ……そうだった。どうしようかなあ」
「食べて帰ってもいいけど」
「にゃっにゃー! にゃっ!」
 夕飯の話題になった途端、膝の上のモルガナちゃんが大きな声で鳴き出す。さすがになにを言っているかわからずくんに視線をやると「寿司がいいってさ」と通訳してくれた。
「そっか。じゃあ今日はお寿司にしようか」
「にゃあ~!」
「って言っても予算的にパックのだけど……でもわたしのトロはモルガナちゃんにあげるね」
「にゃふ~!」
 モルガナちゃんは満面の笑みで満足げな声を出す。そんなに喜んでくれるのならトロの一枚や二枚安いものだ。
、最近ちょっとモルガナを甘やかしすぎじゃない?」
 ご機嫌顔のモルガナちゃんを撫でていると、くんがひょいとモルガナちゃんをわたしの膝の上から取り上げた。
「そう?」
「この間もモルガナが寿司がいいって言うから寿司にしただろ」
「う……そうだけど」
「トロも毎回あげてるし」
「そ……そうだけど」
「あんまり甘やかすの、よくないと思う」
 くんの言葉がちくちくと胸に刺さる。至って冷静なトーンなところがまた余計に。
 実際、くんの言っていることにわたし自身自覚があるのだ。モルガナちゃんにお寿司が食べたいと言われればいつもお寿司を買ってしまうし、物欲しそうな目で見られれば喜んでトロをあげてしまう。ちょっと甘いかなとは、自分でも思う。でも、でもモルガナちゃんのこの可愛い顔を見ていると、つい夕飯はお寿司にしたくなるし、トロもあげたくなってしまう……!
「わかってるんだけどつい……可愛くて」
「ニャッニャッ!」
「モルガナは黙って」
 くんは騒ぎ出すモルガナちゃんの頭をぽんぽんと叩いて制止する。おそらくモルガナちゃんはくんに抗議しているのだろう。ひとしきり何かを訴えた後、ひょいとわたしの膝の上に飛び移ってくる。
「にゃ、にゃ!」
の言うことなんか気にすんなよ寿司にしようぜって言ってる。……それ、俺に通訳させる?」
「う……モルガナちゃん……」
「食べ過ぎると太るぞ。最近鞄重いし」
「ニャッ!?」
「だ、大丈夫だよモルガナちゃんは太っても可愛いよ!」
「フニャッ!?」
「あっ、ご、ごめん」
 モルガナちゃんは目を丸くして驚いた表情をすると、急にしゅんとエジプト座りで大人しくなってしまう。あ、まずいこと言ってしまった。慌てて謝ったけれどモルガナちゃんは落ち込んだままだ。ご、ごめんね……。
「……ふっ」
 突然、カウンターの向こうの佐倉さんが笑い声をこぼす。わたしとくんが揃って首を傾げると、佐倉さんがからかうような声で言葉を続ける。
「ずいぶん所帯じみたやりとりしてんなと思ってよ。夫婦かよ」
「へっ!?」
「子供の育て方で揉めんのは夫婦あるあるだろ」
「にゃっ!?」
 モルガナちゃんはカウンターテーブルに前足をかけにゃあにゃあと大きな声を上げる。くん曰く「ワガハイが子供なわけねーだろ!」と抗議しているらしいけれど、わたしにはその声は右から左だ。
 夫婦? わたしとくんが? そう見えるの? 夫婦、夫婦ってそんな。確かに何年も付き合っていて一緒に暮らしてもいるけれど、夫婦だなんて、そう見えるなんて。胸の奥が、熱い。
もそう思……?」
「にゃー?」
「こりゃ聞いてねえな」
 ぼんやりと聞こえる三人の声が遠い。ふわふわ、ふわふわ、心がぼんやり浮いたよう。膝の上のモルガナちゃんを思わず抱きしめたら、強くやり過ぎたのか「ニャッ」と潰れた声で鳴かれてしまった。

 ちなみに夕飯は結局お寿司になりました。