未来をともに



 十月も後半に入り、冷え込む日が多くなってきた。
 くんとの待ち合わせ時間まであと十分。少し早めに着いてしまったわたしは、何度も時計を確認しながらブチ公前で冷たい風に身を縮こまらせていた。
 くんと一緒に暮らし始めてからも、こうやって外で待ち合わせをする機会は少なくない。今日みたいに大学の帰りにデートをしたり、アルバイトの帰りに外食をしたり。一緒に玄関を出てするデートも楽しいけれど、こうやって待ち合わせをするデートも大好き。くんを待つ短い時間も、待ち合わせ場所に先にいるくんを見つけて駆け寄る瞬間も、どちらもわたしの胸を高鳴らせる。今日はその気持ちがよりいっそう。今日はわたしとくんが付き合い始めた記念日なのだ。
 くんと付き合い始めて数年の時がたつ。付き合い始めたばかりの頃と変わらずくんを待つ時間を愛おしいと思えること、それはきっととても幸せなことなのだろう。
 スマホ片手にそわそわと待っていると、渋谷の雑踏の向こう側にくんの姿が見えた。大きく手を振ると、くんは駆け寄ってきてくれる。
、ごめんお待たせ」
「大丈夫だよ」
「寒くない?」
 くんはわたしの頬に手を当てる。先ほどまでポケットに手を入れていたせいかくんの手はほのかに温かく、冷えたわたしの頬には気持ちいい。
「冷えてる。ごめん」
「ううん、時間通りだし。くんの手、温かいの珍しいね」
「ちょっと迷って歩いたから。渋谷駅、また変わったな」
 くんは頭を掻きながら渋谷駅の方を見やる。
「どんどん開発してるもんね。わたしも迷っちゃう」
 この数年で渋谷駅はずいぶん変わった。わたしたちが秀尽に通っている頃から渋谷駅は絶えず工事をしていたし、今でもあちこちに工事中の看板が見える。高校時代毎日使っていた銀坐線のホームの場所も変わってしまった。高三の一年間東京を離れていたくんだけでなく、ずっとこの辺りにいるわたしでも渋谷駅は迷いがちだ。
「駅前広場の電車もなくなったな」
「ね。この間ニュースになってた」
 変わったのは渋谷駅だけではない。この駅前広場だってそう。ブチ公像の正面にあった緑の電車。あれも渋谷のシンボルのひとつだったのだけれど先日撤去されてしまった。
「ちょっと寂しいなあ……」
 まだまだ駅を含めた渋谷周辺の開発は進んでいる。きっとこれからも渋谷は変化し続けていくのだろう。何年か後には今の渋谷とはまったく変わった光景になっているかもしれない。無性に寂しくなりわたしは思わずくんの手を握った。
「思い出がどこかに行っちゃうみたい」
 渋谷はくんとわたしの思い出の場所だ。特に高校生の頃は秀尽から近かったこともあり何度も訪れた。学校帰りに買い物をしたり、休日に一緒にファミレスで勉強をしたり。特別な思い出というほどではないけれど、毎日の小さな思い出が詰まった場所だ。思い出の景色が変わっていくのを見ていると、思い出が遠くに行ってしまうようで胸が苦しくなる。
「確かに、渋谷はよく来たもんな」
 そう呟くくんの声も寂しげだ。特にくんは怪盗団での思い出も渋谷に多くあるだろう。変わっていく景色を惜しむ気持ちはきっとくんも同じだ。
「でも、変わらないものもある」
 うつむくわたしの耳に、くんの力強い声が聞こえてくる。ゆっくりと顔を上げると、穏やかな表情のくんが目に入った。わたしをじっと見つめる眼差しは真っ直ぐだ。くんの優しく強い眼差しに、わたしの心臓は大きく跳ねる。
「だろ?」
 くんはわたしと繋いだ手を軽く上げてみせる。その仕草で、わたしはくんの言いたいことを理解した。
 変わらないものは、きっとわたし。いや、変わらないのはわたし自身ではない。わたしがくんの隣にいること。くんがわたしの隣にいること。それがきっと、くんの言う「変わらないこと」だ。
「見慣れた景色が変わっていくのは寂しい。でも変わっていく景色をと見るのも楽しいよ」
 くんの表情は昔から見慣れたあの優しい顔。だけれど高校生のとき初めてくんと出会ったときとは違い、少し大人になった。
 ああ、そうか。くんもわたしも年を重ねていく。それは変化していくということ。そうやって変わっていく時間の中で、それでもわたしとくんはずっと隣にいるのだろう。
「ね、くん」
 ぎゅっとくんの腕に抱きついた。その腕も昔より少したくましくなったような気がする。
「ずっと一緒にいようね」
 変わっていくもの。変わらないもの。きっと変わっていくもののほうがこの世界には多いのだろう。その世界でわたしはずっとくんの隣にいて、昔の景色を懐かしみ、新しいものに触れてまた思い出を作って行きたい。
「もちろん」
 くんの力強い答えに、わたしは自然と笑顔になる。
「ね、ケーキ買おうね。大きいの!」
「去年と同じこと言ってる」
「そ、そうだっけ?」
「そう。今年はショートケーキ?」
「うーん……チョコもいいかなあ」
「後でゆっくり選ぼうか」
「うん!」
 勢いよく返事をすると、くんはわたしの頬をくすぐった。
 来年も再来年も、その先もずっと、この日をくんと過ごしていたい。変わっていく景色を、変わらずふたりで見つめていたい。