穏やかな時間



 少し朝寝坊をした日曜日、小さなあくびをしながらリビングへ出ると足下にモルガナちゃんがすり寄ってくきた。
「おはよう、モルガナちゃん」
「にゃ~う」
 しゃがみこみ、モルガナちゃんの額を撫でる。今日もモルガナちゃんは可愛い。先ほどまで窓際の日の当たる場所にいたのだろう。黒い部分が春の陽光を吸い込んで心地いい。
「おはよう、
 カウンターキッチンからくんが顔を出す。ただようのはコーヒーのいいにおい。
くん、おはよう」
 キッチンで作業するくんへ駆け寄り抱きついた。軽い触れるだけのおはようのキスをする。手元に見えるのはくんとわたしのふたり分のマグカップだ。
「朝ご飯どうする? もうこの時間だしコーヒーだけにしてご飯はお昼と一緒でいいかなって」
「うん。ごめんね、寝坊しちゃった」
「俺もさっき起きたから」
 くんが作業する横で、モルガナちゃん用のお水を用意してリビングへ。モルガナちゃんの前に置いたけれど飲む様子はない。きっとわたしたちのコーヒーができるまで待ってくれているのだろう。
「はい、お待たせ」
「ありがとう」
 くんが持ってきてくれたマグカップに口をつける。ミルクと砂糖がたっぷり入ったわたし好みのカフェオレが、じんわりと寝起きの体に染み渡っていく。
「今日もおいしい」
「ありがと」
 わたしの隣でくんはブラックコーヒーの入ったカップをテーブルに置く。黒猫のシルエットが描かれたマグカップはわたしのものとお揃いだ。
「ふにゃ~」
 水を飲んだモルガナちゃんがわたしの膝の上に乗ってきた。甘えるようなモルガナちゃんの様子に思わず笑みがこぼれた。
「あったかくなってきたね」
「にゃ」
 ついこの間までモルガナちゃんは寒くて暖房の当たる場所で丸まってばかりだったのに、いつの間にかモルガナちゃんからはお日様のにおいがするようになった。すっかり春の様相だ。
 もう一口、くんの淹れてくれたコーヒーを飲む。今日はホットのカフェオレだけれど、そろそろアイスが恋しくなる季節だろうか。
「いい天気だ。洗濯物乾きそう」
「うん。お昼前に洗濯機回そうね」
 なんでもない会話をしながら、カーテンの隙間から差す陽光に目を細める。明るい光が部屋の中できらきら粒のように輝いている。
「ふふ」
? どうしたのそんな笑って」
「幸せだなあって思って」
 ぽかぽかした春の陽気。膝の上の柔らかなルガナちゃん。くんが淹れてくれた甘いコーヒー。そして隣には大好きなくん。大好きなものに囲まれた穏やかな時間。これを幸せと呼ばずになにを幸せと言うのだろう。
「ね、くんはどういうとき幸せだって思う?」
 わたしはこうやってくんのコーヒーを飲んでのんびりしているときにすごくすごく幸せだあと思うけれど、ならばくんはどうなのだろう。モルガナちゃんを撫でながら聞いてみると、くんは少し考える仕草をする。
「俺は……」
「うん」
「昨日の夜みたいな、の幸せそうな寝顔見てるときかな」
 くんの優しい笑顔の、穏やかな瞳で放った言葉にわたしの胸はきゅっと鳴る。心の奥がぎゅっと締めつけられて、胸に甘い痛みが走っていく。
「……そう?」
「うん」
「そっか……」
 なんだか気恥ずかしくなってコーヒーを飲む。温かなコーヒーが体に染み渡っていく。
「ありがとう、くん」
 モルガナちゃんの喉を撫でながら、くんを見つめた。くんの幸せの話がどうしようもなく幸せで、胸がくすぐったい。
「なにが?」
「ふふ、なんとなく言いたくて」
「……?」
「ね、モルガナちゃんはどんなときが幸せ?」
「にゃ?」
 モルガナちゃんは「うーん」と言った具合に首を傾げると、明るい声で「にゃ」と鳴いた。
「夕飯が寿司だったとき、だってさ」
「本当? 今日はお寿司にしようか」
「デリバリーのちらし入ってたな。いいかも」
「わたしのトロはモルガナちゃんにあげるね」
「にゃっふ~!」
「喜びすぎ」
「にゃっ」
 くんがわたしの膝の上ではしゃぐモルガナちゃんの額を撫でる。そのままくんの左手はわたしの肩に回り、優しく自分の方へと抱き寄せる。
 ぽかぽかした春の陽気。膝の上の柔らかなルガナちゃん。くんが淹れてくれた甘いコーヒー。そして隣には大好きなくん。大好きなものに囲まれた、穏やかな時間。
 ああなんて、幸せな時間だろう。