願い事はひとつだけ



 一月一日、昼下がり。わたしとくんとモルガナちゃんは、一緒に住んでいる家から一番近い神社まで初詣に来ていた。
「わ、混んでるね」
 小さな神社ということもあり普段は閑散としているのに、さすがに元日の今日はたくさんの人で賑わっている。いくつか屋台も出ている。甘酒にフランクフルト、クレープと種類も様々だ。
「いいにおい!」
「後で食べようか」
「うん!」
 くんの誘いに頷くと、くんの肩の鞄が大きく動いた。その鞄の中にはモルガナちゃんが入っているはずだ。
「モルガナちゃん、ずっと出てこないね。大丈夫?」
 普段は一緒に歩いていれば何かしらのタイミングで鞄から顔を出すのに、今日はまったく出てこない。寝ているのかなと思ったけれど今動いたところを見るにそういうわけでもないようだ。
「寒いんだってさ。無理して来なくていいって言ったのに」
「ナア……」
 鞄から切なげなモルガナちゃんの声が聞こえてくる。モルガナちゃんは猫ではないとのことだけれど、さすがに寒さはどうにもできないようだ。
「そっか。はい、これ」
 ポケットに入れていたカイロを厚手のタオルで包み、くんの鞄を開ける。
「タオル取っちゃだめだよ、火傷しちゃうかも」
 そう言ってモルガナちゃんにカイロを渡すと、モルガナちゃんは嬉しそうにカイロを抱きしめた。猫にカイロというと低温火傷が心配だけれど、お参りをして家に帰るまでの短時間であれば大丈夫だろう。それにモルガナちゃんなら食べてしまうなんて心配もない。
「ニャア!」
「ありがとうってさ」
「どういたしまして」
 さて、そろそろお参りに向かわなくては。手水舎で手を洗い、境内へと向かう。お賽銭を入れ、願うのは「くんとモルガナちゃんと一緒にいられる幸せな一年になりますように」だ。
 今、こうやってくんとモルガナちゃんと一緒にいられて幸せ。隣にいられなかった日々があったことを思うと、毎日一緒にいられることが奇跡とすら思える。こんな日々がずっとずっと続きますように。
 顔を上げればくんはすでにお願い事を終えていたようだ。後ろもつかえているので慌ててふたりで列から外れた。
「随分熱心にお願いしてた。なにお願いしたんだ?」
「ひみつ。言ったら叶わなくなっちゃうかも」
「それもそうか」
 くんが小さく頷くと同時に、鞄の中からモルガナちゃんが飛び出してきた。
「どうしたの?」
「魚のにおいがするって言ってる」
「魚……イカ焼きかな?」
 屋台の幟を見る限り、魚の類はイカ焼きぐらいしかない。食べる? と問うとモルガナちゃんは高い声で返してくる。モルガナちゃんの言葉はわからないけれど、今回はくんに何と言っているか聞かなくても大丈夫だ。
「うん、わかった。買ってくるね」
 屋台でモルガナちゃんの分のイカ焼きをひとつ買って、神社の隅のベンチに座った。もらった竹串とお箸でどうにか細かく切り分けて、周囲から隠れるようにモルガナちゃんに渡す。
「ゆっくり食べろって。猫舌なんだから」
「ナア……」
 慌てて食べようとするモルガナちゃんの額を撫でるくん。そんなふたりの様子を見ていると、つい笑みがこぼれてしまう。
「なんで笑ってるんだ?」
「え? んー……なんか、幸せだなって」
 くんとモルガナちゃんが穏やかにじゃれ合っている。いつもの日常のこの風景が、わたしは大好き。
「今年もこんなふうに過ごせたらいいなあ。……あっ!」
「ん?」
「い、言っちゃった……」
 願い事を口にすると叶わない気がすると言ったのはわたしなのに、つい口からついて出てしまった。「願い事を口にしたら叶わなくなる」なんておまじないや暗示の類というのはわかってはいるけれど、そう言ったのはわたしだと言うのに。なんというか、わたしのバカ……。
「はは、そういうことか」
 くんは明るく笑うと、くしゃりと大きな手でわたしの頬を撫でた。
「大丈夫、ちゃんと叶うから」
「え……」
 どうして? そう聞こうとしたらくんは人差し指を口の前で立てる口元は緩く弧を描いている。
 そんなくんを見て、わたしは悟った。くんもわたしと同じことを願ったのだ。わたしは話してしまったけれど、くんは悟らせこそしたものの言ってはいない。だから「ちゃんと叶う」のだ。
「ふふ、そっかあ」
 嬉しくなってイカ焼きを食べるモルガナちゃんを撫でる。くんがわたしと同じことを一年の一番最初に願ってくれたこと、それがなにより嬉しい。
、なにか食べたいものある?」
「うーん……あ、甘酒飲みたい!」
「わかった。買ってくるから待ってて」
 程なくしてくんが甘酒をふたつ買ってきてくれた。手渡された紙のカップは温かく、口をつける前に冷まさないと火傷しそうだ。
「熱……っ」
「慌てない、も猫舌なんだから」
 そう言いながら甘酒を飲むくんも、湯気に当てられ頬がほんのり赤く染まっている。きっと、わたしの頬も。
 一月一日、真冬の寒い神社の中で、わたしたちの間だけが暖かい。