知ってる
アルバイトが遅くなってしまったある夜。駅までくんが迎えに来てくれるというのでわたしは素直に駅でくんが来てくれるのを待っていた。
「、ごめん待たせた。……あれ」
「くん!」
チャットをもらってから十五分ほどたったとき、約束通りくんは来てくれた。少し驚いた顔をしているのは今わたしの隣にいる彼が原因だろう。
「、彼氏?」
「うん、そう。またね」
「ああ」
その彼に手を振ってわたしはくんの腕に抱きついた。くんは首を傾げたままわたしに問いかける。
「今の人……」
「あ、小学校の同級生。くんのこと待ってたら偶然会って。このあたりに住んでるんだって」
「へえ……」
くんは改札前にいる彼のほうをじっと見つめる。あ、もしかして、これは!
「くん、ヤキモチ?」
「いや、別に」
わくわくしたわたしの気持ちとは裏腹に、くんはあっさりと、しかも即座に首を横に振った。
「そ、そう……」
「彼女が見知らぬ男と話している」なんて絶好のヤキモチの機会なのにくんは至って平気な顔だ。強がりも感じられない、完全な本音としか感じられない表情。確かにあの彼はただの小学校の同級生、しかもこのあたりに大学の彼女と一緒に住んでいて、わたしを迎えに来てくれたくんのように彼も彼女を迎えに駅に来ただけなので、嫉妬なんてする必要性は一切ないのだけれど。
「?」
「くんって全然ヤキモチ妬かないよね……」
今回もそうだけれど、わたしがちょっと芸能人を「かっこいい」と言ったところでくんは眉ひとつ動かさず「そうだね」と答えるだけ。わたしは逆にくんが可愛いアイドルを見ているだけでそわそわとしてしまうのに、わたしばっかり妬いているようでなんだか悔しい。
「そう?」
「そうだよ……」
うう。くんっていつもそう。本当にそう。余裕の表情で涼しい言葉を吐く。わたしが慌てる横で平気な顔をするのだ。
「どうして?」
妬かれないからと言って、くんに愛されていないなんて思っていない。それでも、たまにはくんが妬いているところを見てみたい。
じっとくんを見つめると、くんはふっと微笑みを作る。
「が好きなのは俺だけだって知ってる」
「!!」
鋭い瞳と口角の上がった笑みと共に放たれた言葉に、わたしの頬は一気に熱くなる。胸の奥がきゅっと締め付けられて、ドキドキして、ぎゅっとくんの腕に顔を埋める。
「妬く必要なんてどこにある?」
「そ、そうだけど……」
くんの言うとおり、わたしが好きなのはくんだけ。こんなに心を動かされるのは、世界中でもただひとりくんだけだ。わたしの心が向いているのは、いつだってくんだけ。
「わ、わたしだって」
「ん?」
「くんが好きなの、わたしだけだって知ってる」
そんなの、わたしだってわかっている。くんが好きなのはわたしだけだって、ヤキモチを妬く必要なんてないと。それでも、頭では理解していてもなかなか感情は追いつかない。
「うん」
「わたしが妬くの、くんのこと信用してないわけじゃなくて」
「わかってる」
くんはくしゃりとわたしの頭を撫でてくる。まるで子供をあやすような仕草に恥ずかしいような、心がうずくようなくすぐったい気持ちになる。
「いいよ、妬いて膨れたも可愛いから」
「くん!」
「はは」
恥ずかしくなって思わずくんを両手で押したけれど、くんはあっさりその手を掴んでくる。手をつなぐ格好になり、くんはわたしの手を引いて歩き出す。
「あんまり妬いたりはしないけど、遅いと心配にはなる。だから今日みたいに遅くなったら遠慮しないで連絡して」
「うん。迎えに来てくれてありがとう」
「どういたしまして」
「……本当にくん、どんなときも妬かない?」
「状況によるだろうけど。、妬かせたいからってほかの男とベタベタできる?」
「……できない」
ぎゅっと再びくんの腕に抱きついた。いくらくんが妬いているところが見たいからと言って、くん以外の男の人と必要以上に仲良くするなんてわたしにはできない。考えただけで胸の奥がぞわりと寒くなってしまう。
「やっぱり妬くところなんかひとつもない」
「はーい……」
「妬かなくたって、俺が好きなのはだけだ」
その言葉に、ぽっと頬が熱くなる。わかっていた事実でも、言葉にされるとこんなにも嬉しい。
「わたしも、くんが大好き」
「ありがと」
お互い見つめ合って笑い合う。満月の出た明るい夜空の下、家へと向かうわたしたちの足取りは軽かった。