バレンタイン前日譚
来るバレンタインに向け、わたしはリビングのソファに座ってチョコレートのレシピ本を眺め始めた。あれもいいなあ、これもいいなあも目移りする中で、いくつかのページを折ってしるしをつける。
「それ、バレンタインの?」
後ろから声をかけてきたのはお風呂上がりのくんだ。くんはタオルで髪の毛を拭きながら、わたしが持つ冊子を覗き込む。
「うん、これは佐倉さんに作ろうかな」
「毎年あげてるね」
「お世話になってますチョコだね!」
佐倉さんには言葉で表せないほどお世話になっている。だから、気持ちばかりだけれど毎年バレンタインにはチョコを贈ることにしているのだ。
「俺には?」
くんはわたしの隣に座ると、口角をきゅっと上げた。柔らかい笑みではない、ちょっと意地悪で自信が溢れる笑い方。
「もちろん本命だよ!」
わたしはくんに体を寄せた。くんにあげるチョコレートが、本命以外なわけがないじゃない。
くんは「うん」と頷くと、わたしの頭をぽんぽんと撫でる。その表情は笑顔だけれど、先ほどとは少し違う。目尻を下げた、柔らかい笑みだ。
「うにゃーう!」
くんに体を預けていると、突然カーペットの上で丸まっていたモルガナちゃんが高い声を出す。「どうしたの?」と聞くと、くんが代わりに答えてくれた。
「ワガハイのは? だってさ」
モルガナちゃんはじっとわたしを見つめている。佐倉さんはお世話になってますチョコ、くんはもちろん本命チョコ。じゃあモルガナちゃんは……。
「モルガナちゃんはね、大好きチョコかな」
毎年モルガナちゃんにはチョコの代わりにお寿司をあげているけれど、それには大好きの気持ちを込めている。モルガナちゃんはわたしの答えに満足したのか、「ニャ!」と言ってしっぽを立てた。
「」
モルガナちゃんの可愛い姿に心を和ませていると、くんがわたしの腕を掴んだ。
「俺もそれがいい」
「えっ」
くんは鋭い瞳でわたしをじっと見つめてくる。それがいいって……。
「もしかして大好きチョコ?」
「うん」
わたしを真っ直ぐに見つめるくんの目は真剣そのものだ。冗談とか、からかっているとか、そういうものではない。
「もちろんくんのは大好きチョコで本命チョコだよ!」
なんだか嬉しくて、わたしはくんに抱きついた。くんがこういうことを言うのって珍しいから。
「本当?」
「もちろん!」
「楽しみにしてる」
くんが再びわたしの頭を撫でるから、わたしはより一層くんの胸に顔を寄せた。今年のチョコレートはとびきり甘いのにしなきゃ!